満開の桜の下


春の風に煽られ散った花びらの、仄かな色に映える鮮血の緋。


まるで昼寝の後のように穏やかな笑みを浮かべて横たわる青年と、


夜叉の如き形相でそれを見下ろすもう一人の青年。


立ち尽くす青年の黒の瞳からは、とめどなく涙が溢れでて、横たわる青年の青白い頬を濡らしていた。


「とどめを、雅仁」


宗治郎は澄んだ瞳に、泣き濡れる雅仁の相貌を映して微笑み、諭すように言った。


「わたしの中の魔物が目覚めぬうちに、わたしごと、哀しき姫を葬りさってくれ」



「できないっ」


雅仁は嗚咽を漏らしながら、崩れ落ち、宗治郎の側に膝をついた。


「できない、俺にお前を殺せと?何故そのような残酷なことが言える」


「やらねばならぬことだからだ。」


雅仁は宗治郎の、何処かさっぱりした顔を睨みつけた。


宗治郎は穏やかに、雅仁の怒りを受けとめる。


二人はしばらく、時が経つのも忘れて見つめあっていた。


二人が出逢った、あの日のように。


ふいに雅仁が目を逸らした。


そして、震える手で小刀の柄を握りしめる。


シャラリと雪を切るような音をたてて、刃が姿を現した。


「さらばだ、宗治郎」


雅仁は痛みに耐えるかのように口元を歪めて言った。


「ああ、さらばだ、雅仁……願わくば」


宗治郎は艶やかに笑んで、そっと紫色の唇に言葉をのせた。


『次の世にて、再び相見えんことを』