彼のお母さんが頬杖をはずして目を見開く。
「あらあら、こんにちは。どうしましょう……。大翔、母さん、なにもお菓子買ってなかったわ……」
お母さんがテーブルに手をついてやっとのことで立ち上がる。
「いえいえ、私のことなんて気にしないでください」
「そうだよ、そこで会って怪我しちまったから、手当てするだけ。大丈夫だよ。ほら、上行くぞ」
彼は救急箱を手にぶら下げて、また廊下へ出てきた。
私はもう一度彼のお母さんにお辞儀をして、廊下を奥へと進む彼のあとを追った。
けれど、私の足は自然と止まる。
急にざわつきだした胸に手をあてて、右側に折れている薄暗い廊下に釘づけになっていた。
ドアのまん中にでかでかと黒いインクで書かれた×印が目に飛び込んできたから。
声すら出せない。
廊下の壁のクロスは、所々切りつけられていてボロボロだった。
なにかを刻みつけるように切られたそのキズは、すごく痛々しくて、胸が、ずしりと重くなる。


