私は涙の雫を静かに落としながら、潤んだ声で呟いた。

「海夏ちゃんだって……、アンタのこと嫌いになんてなれないよ。アンタは悪くないんだから、嫌いになれるはずがない。アンタのことあんなに慕ってたんでしょ……」

彼の体を揺する手には力が入らなくなって、私は声を漏らしながら泣く。

すると彼は冷えた手で私の手をベンチの上にそっと下ろし、私の目の前ですっくと立ち上がった。

「嫌ってくれたっていいんだよ……。歩けなくなってから、海夏は変わっちまったんだぜ……。笑わなくなって、友達もいなくなって」

彼はだらりとさげた手を、音がするくらいに力をこめて握りしめ、弱々しい子犬のような目で私を見ていたの。

「そんな海夏を見てらんねぇから、俺はいつまでも逃げてんだよ。俺は、そんなズルイ男なんだ。幻滅でもなんでも、してくれよ……」

低く震えた声が、いつまでも鼓膜に残る。ざわついている雨音の上に乗っかって、しっかりと響く。

私は言葉が喉につかえて出てこなくて、悔しさに瞼をきつく閉じ、背後を通り過ぎる乾いた足音を聞いていた。

そして、やっと目を開けた時には、自転車のスタンドを蹴り上げる鈍い音がして、彼はずぶ濡れになって遠くに走りだしていた。

その瞬間舞いこんだ風は彼を抱きしめた時と同じ雨の香りがして、私の唇の隙間に滑り込んだ涙は切ないくらいにしょっぱい味がした。