私はその1冊を胸に抱えて、テーブルの方へと向かった。
「あっ、えっと、関谷新太くんだ! いつも来てるの?」
すると、資料から視線をあげた結愛は彼を見つけるなり、晴れやかな笑顔を向けた。私と違って冷静に、リアルネームで呼んでいる。
「ああ、ほぼ毎日。あと、フルネームはやめてくれ、新太でいい」
彼は目もあわさずにシンプルな言葉で返事をすると、開けられた窓に近い席に腰掛けた。
私はそんな彼を観察しつつ、入り口側に席をとる。
「わかった。いつもあっちの名前になれてるから変な感じで」
結愛は照れ笑いを浮かべながら、テーブルに広がった資料を雑に整理し始める。
確かに、サイトでの時間が長いふたりは私よりも、なんとも言えない違和感があるのかもしれない。
テーブルに置いた偉人の本を開きながら、私は読むわけでもなくかたい文字を見る。
実は、少しだけ不審に思っていることがあるのだ。
彼に目を向けると、いつものように本を読み始めていて、今日はスマホを出していない。
あの日、彼を怪しく思ったのは私だけなのだろうか?


