扉を開けっ放しのトイレの外で、ヒカルの声がした。
「なんで、そんな格好なんだよ…」
バスタオル一枚を身体に巻き付けただけの姿で、美紗は便座に突っ伏したまま、力なく答えた。
「私…多分、妊娠しちゃった…」
美紗の背後でヒカルが、呆然としているのがわかった。
「妊娠て…」
しばらく二人の間に沈黙が流れた。
ヒカルがフッと笑った。
「電撃デキ婚じゃん。
相手、あいつだろ?」
美紗はふらりと立ち上がり、トイレから出た。
濡れ髪のまま、身体に巻いたバスタオルを両手で抑え、ヒカルの前に俯いて立つ。
「ちょっ…!」
九歳年上の姉のあられもない姿に、ヒカルは慌てた様子で何か言いかけたが、言葉にならず、その場に立ち尽くした。
美紗は下を向いたまま、蚊の泣くような声で言った。
「結婚しようって言ってくれるかな…?」
「えっ、なんで?」
ヒカルは美紗の顔を覗き込んだ。
「言ってくれなかったらどうしよう…」
美紗の中で、妊娠は確実だった。
昼の森の中で。
窮屈な車の中で。
たえず周りを気にしながら。
今日があの日の結果…
あまりにも重い現実に気が動転し、自分の感情が先走るのを美紗は制御出来なくなっていた。

