アルバイトとはいえ、仕事を通じて世間の荒波に揉まれ、少し人間的に成長したということなのか。
ビールを一口飲んで、美紗は訊いた。
「なんでそんなバイトするの?
お金、そんなにないの?」
「ないっていうか…」
ヒカルは飲みかけの缶をテーブルに置くと、人一人分空けて美紗の横に座った。
ソファーのアームに片肘を置いて
頬杖をつく。
ヒカルの膝に置かれた手は骨ばっていて大きく、指が長い。
男の手だ。
その手を見た美紗は、ヒカルに男を感じてしまい、慌てて目を逸らす。
「俺、休学してオーストラリアのメルボルンに行きたいんだよね。一年くらい。働きながら向こうで暮らす、ワーキングホリデーってやつ。
行く為にまず、金、要るから」
「へえー…」
意外だった。
ヒカルが何時の間にそんなことを考えるようになったのか。
「あんた、英語しゃべれるの?」
美紗は疑うような口調で言う。
「少しだけね。
ハロー、バイバイ!とかね」
ヒカルは脚を組み替えながら、手振りをしておどけてみせた。
大学の経済学部に通うヒカルが
(美紗には、どんな勉強をしているのか見当もつかないけれど)
外国に行きたいと言い出すとは
夢にも思ってもみなかった。

