「俺はパリに行かないよ?」
「何で!」
再び上半身を乗り出すようにしてそう言った千夏。
テーブルに手をついた勢いでスープが跳ね、少しだけテーブルに散った。
隣の席に座っているスーツを着たサラリーマン風な男性がこちらをチラチラ見ている。
「自分の店を持つ事を目標に頑張って来たんだ。今はそれが叶って、小さいながらも自分の店を持って、素晴らしい仲間にも恵まれて満足してる」
「でも悠くんは!」
「上を目指す気はないよ」
千夏は座り直すと、俯いて何も言おうとしない。
「それにね、今、子猫ちゃんと一緒にいるから……」
俺の言葉に千夏が顔を上げる。
頭にアリスの顔が浮かぶ。
「子猫ちゃん?」
「うん。子猫ちゃん。その子がいるから日本を離れるなんて考えられないんだ」
俺は手を伸ばし、千夏の頭を撫でる。
「そう言うことだから、俺を説得しても無駄だよ?赤沢さんにはそう言っといてね」
そう言って冷めたコーヒーを飲み干して、伝票を持つと席を立った。


