犯人は……
親身になって世話をやいていた元暴走族の男性。

だと叔父さんは思った。
その人に恨まれていると思っていたからだった。


妻が殺されても、身内は捜査に加わえてもらえない事実が叔父さんを変えた。

自ら容疑者を追い詰め、危害を加わえてしまったのだった。


誤認逮捕の上の暴力事件。

警察官として、してはならないことだった。


それでも釈放された容疑者を執拗に追うために……

叔父さんは辞職したのだった。


悲しい現実。
叔父さんは自分を押さえられなかったことが許せなかったらしい。


『幾ら何でも、アイツが犯人のはずはない。と思うけど、体が反応していたんだ』
何時だったか、そんな話をしていた。


その後警察官を辞め、身に着けた追跡や張り込みを生かして探偵事務所に就職したのだった。


そしてアパートの一室を事務所代わりにして独立。

その部屋は殺された新妻との愛の巣だった。


叔父さんはまだ捕まらない真犯人を、心の何処かで追い求めていたのだ。




 『叔父さん。その時の容疑者が怪しいと思っているんでしょう?』
何時だったか、尋ねたことがある。


『当たり前だ。アイツ以外考えられねぇ』
その時叔父さんはそう言っていた。


アイツとは、ある殺人事件の共犯者とされた人物だった。

叔父さんが補導した元暴走族だった。

仕事の世話。
結婚の見届け人。
若い叔父さんは出来る限りの力を尽くした。

だから……
とある事件の共犯者として名前が出た時も、意義を申し立てた。


犯行時間直後。
現場近くの道で、携帯電話を掛けている人が目撃された。

今では普通の携帯電話。
でも当時は珍しがられたのだった。


丁度その頃。
叔父さんに電話があった。

そのアイツから……


そう……
アイツはその携帯電話を持っていたのだった。


当然、叔父さんはアリバイを主張した。

でも認められず、アイツは服役したのだった。


後で知った事実は、叔父さんも共犯者だと言っていると取調室で嘘を告げられたらしいのだ。


だから恨まれていると思っていたのだった。




 『ラジオって言葉知ってるか?』
何時叔父さんが俺に聞いたことがあった。


『ラジカセのラジオ?』
俺もまた、普通に答えた記憶がある。


『違うよ。業界用語で無銭飲食の事だ』


『俺まだ探偵用語なんて習ってねえよ』

俺あの時は、てっきりそっちだと思った。
でも良く考えてみたら、無銭飲食を見張る事も無いなと思った。


『それって、もしかしたら警察用語?』
そう言い出したら、叔父さんは頷いた。


『ラジオの詳しい言い伝えは解らない。無銭と無線をかけたのじゃないかな?』


『でも叔父さん、無線だったらトランシーバーじゃないの?』

俺はつまらない屁理屈だと思いながら、言っていた。


『ああ、確かに言えてる』
叔父さんはそう言いながら話を続けた。


『無銭飲食だと電話が来たんだ。でも違っていた。財布を取られたんだ、其処の客に。それは後で判った。現金を抜かれた財布が店の脇の通路から見つかって』




 『それがアイツ?』

叔父さんは頷いた。


『元暴走族だと言うだけで捕まえたんだよ。でも俺にはか弱い人間に見えた。だから……』


『だから親身になって面倒を見たんだよね』


『ああ……なのに』

叔父さんは何時しか拳を握っていた。




『アイツが服役する羽目になった事件の捜査だっていい加減なものだった!』

珍しく叔父さんが、興奮していた。

こんな叔父さんは始めてだった。

俺はあの日、奥さんの質問をしたことを後悔していた。


『俺はアイツが事件現場に居なかったことを知ってる! なのに、寄って集ってアイツを共犯に仕立て上げた! ホンボシの自供だけでな……』

叔父さんは握り拳を左の手のひらで包んだ。

そうやって、やっと自分を抑えている。
叔父さんの痛みが俺の深部に伝わった。





 出所したアイツは、妻の行方を探す。

でも見つけ出すことは出来なかったらしい。


そして怒りの矛先は叔父さんに向かう。

叔父さんと結婚したばかりの新妻へ向かう。




でも……

主張したアリバイが今回は認められ、釈放されたのだった。


それは目撃者のいる確かな物だったらしい。


『本当は、アイツを信じている』
叔父さんは辛そうに言った。

俺はそれ以上言えなくなった。
そう……
あれは、みずほが俺の幼なじみに殺されたと知った日だった。

俺はまだ、あの日と同じ傷みを持ち続けている。






 「なあ、瑞穂」

さっき風呂上がりの俺に叔父さんが話掛けてきた。
叔父さんは、俺を気遣ってくれたんだ。


叔父さんは掌で俺の後頭部を包み込んで、胸元に引き寄せた。


「瑞穂、悲しい時には泣け。俺に遠慮は要らない」
本当は自分も苦しいはずなのに……
俺を励まそうとしてくれていた。


「ありがとう叔父さん」
俺は泣きながら言っていた。


俺は叔父さんの優しさに包まれながら、感傷に又浸っていた。