花色の月


「十夢になんて、勿体なくて教えられませんね」


「仲間はずれにするなよぉ」


入り口は低いけれど、中に入れば広々と天井も高い。これくらいないと二人とも頭ぶつけそう…


「はい、こちらが十夢の。
花乃、こちらに来て好きな湯呑みを選んで下さい」


「ぇ…?」


「腐るほど有りますからねぇ、気に入ったのを花乃専用にして置いておきます」


それは、また来ても良いって事ですか?
嬉しくて顔がにやけてしまう。
那月さんとあたしの背中に、知花さまの声が掛けられた。



「陶器は腐んねぇぞ?」


「馬鹿は黙っていて下さい」


バッサリと那月さんに切り捨てられてしょんぼりする知花さまを、少しだけ気の毒に思った。…少しだけ。



「こっちは納品する物ですが、この棚の物は私が好きで焼いたものです。好きなのを選んで下さい?」


「…すごい」


棚の上に並ぶのは、自然な土の流れに美しい釉薬の映える湯呑み達だった。

手に取っても良いと言われお言葉に甘えながら、しばらく時を忘れて選んでいた。

…知花さまの存在もすっかり忘れて。



「これ……良いですか?」


あたしの手の上に有るのは、少しぽってりした丸目の湯呑みだった。
柔らかな桃色の釉薬が、なんだか美味しそうに見えたから。


「えぇ、可愛がってやって下さい」


「なぁ、俺の事忘れてねぇかぁ?」


「元より眼中にありません」


…あ、忘れてました。