「…十夢……」
「なんだ、帰ってたのかぁ?」
部屋に入ると、電気も付けずに桜介が座っていた。
座布団の上に膝を抱えて座る姿は、怒られて拗ねた子どもの様だ。
「…花乃……十夢の前では歌うんだね」
「ん?」
「僕の前では歌わないのに…
てか、二人でなんで夜のデートしてるのさ」
不満げな小さな声は、怒られたって言うより……確実に怒っていた。
おっと?これは…
「妬いたのかぁ?」
どっちに?
どっちとも取れる言葉は、棘こそ含んでいないものの、仲間はずれにされた寂しさは分かりやすかった。
「…違うけど……」
「ほら、来いよ」
布団に入って手招くと、複雑そうな顔のまま滑り込んできた。
…あと何回、こうやって寝られるんだろうなぁ?
「てか…なんで分かったの?」
「なにがだぁ?」
「…花乃の歌の先生がさ……
花乃の歌はコンクールなんかで歌う物じゃないって、大切な人を思ってその人の為に歌う時、花乃の歌は輝くんだって言ってたんだよね…」
「へぇ、じゃあ俺は大切な人に認定して貰ったのかぁ?」
腕の中でもぞもぞする桜介を、少し強めに抱き締めながら耳元にキスをした。
ピクリと反応するこいつを、一から仕込んだのは俺だってのに、どこの誰とも知らない女にやらなければいけないなんて……殺意が沸くな。
「…十夢……花乃になら、十夢をあげてもいいや…」
