「ありがとう」
後悔したのに、心底嬉しそうに微笑まれて撤回するのが難しくなった。
…こうなりゃ自棄になるしかないかな……
明日の為の音出しだと思おう。
あたしにとっては明日の方が何倍も重要なんだから。
春物の上着を羽織ると、裏口から外に出た。
目の前に居るのは、悲しみを押し殺すように微笑む知花さま。
「どこへ…?」
行きましょう?散歩って案を出したのはあたしだけど。
月の原には、連れて行きたくなかった。
あそこはあたしと那月さんの場所にしておきたかったから……あ、あと楓ちゃん。
「どこでも構わねぇよ。
花乃ちゃんが歌いやすいのはどこだぁ?」
「……土手は…?」
桜ちゃんとよく行った川沿いの土手、ここにも桜が咲いている筈だ。
「…懐かしいなぁ……行くか」
どんな思いでなのかは、聞かなくても何となく分かってしまう…
歩き出した知花さまの背中を、月明かりが静かに照らしているのを眺めながら、しばらく歩いて行くと、誰もいない静かな土手にたどり着いた。
桜に挟まれて新芽を出す柳が、さらさらと風に揺れている。
「…何がいいですか?」
人前で歌う訓練はしてきた。
たぶん歌える筈……
