それから座って静かに景色を眺めるだけの時間が過ぎていった。
でも沈黙が苦しいとか、なにか話さなければとか、焦る必要も感じなかったのは初めてかもしれない。
少し風が冷たくなった頃、那月さんが立ち上がった。
「そろそろ帰りましょうか。
花乃さん……明日は歌われますか?」
「はい?」
「もし来られるなら、持ってきますので」
そう言って楽器を引く仕草をした那月さんに、勢いよく頷くと、楓ちゃんと那月さんに手を振って踏み跡道をスキップしながら帰った。
やっと、焦がれていた人に会えて、名前まで聞いてしまったのだ。
しかも明日には、また音を合わせる約束までして。
何時に、なんて約束はしなかったけれど、なんとなく今日と同じ位の時間に行けばいいような気がした。
初対面の人に眼鏡無しで会って話をするなんて、小学生の時以来じゃないだろうか。
桜ちゃんのお見合いに対する痛みも、心なしか和らいでいる気がしする。
「花ー乃ちゃん、おかえり。
今日は遅かったなぁ?」
「…ただいま。そう?」
「なんか良いことあったんだろ?
俺にも分けてくれねぇかなぁ?幸せのお裾分け」
小桜の間の前にある縁側で、モモの背中を撫でている知花さまは、口調はふざけているのに瞳は痛みに堪える色をしていた。
