花色の月


「あぁ、小手鞠ですよ。可愛いでしょう?
月の原には咲いていないので、持ってきてみたんですよ」


「ぁ……ここって月の原って言うんですね」


「えぇ、そう聞いています」



誰から?
でも、いきなり色々聞くのも失礼かなって思うと、何も言えずに下を向いた。

本当はあの夜の弦楽器の事も聞いて見たかったんだけど。


そんな勇気は湧いてこなくて、黙ったまま蝶々とじゃれあう楓ちゃんを眺めていた。



「花乃さんの方こそ花の精みたいですね。
光に透けて消えてしまいそうです」



思ってもみなかった彼の言葉に驚いて見上げると、微笑みながら桜を指差した。



「桜の精みたいです」



そんな綺麗なものに例えられて、ひねくれもののあたしも素直に嬉しいと思った。



「…もしそうなら、美しく散ってゆけるのに……」



花の季節が過ぎても、あたしは変わらずここにいる。

上手に生きる事も、上手に消える事も出来ない無様なあたし。



「あなたは、まだ蕾です。
散るにはだいぶ時間がかかりそうですよ?」



どういう意味だろう…
子供っぽいって事?

微笑みながら、何もかも見透かすような瞳から目を離せなくなる。



風がいたずらに散らしていった髪を耳に掛けようと手を伸ばして、遅ればせながら眼鏡を忘れた事に気が付いた。

…猫ちゃん…楓ちゃん位にしかどうせ会わないだろうと、机の上に置きっぱなしにしてきたんだった…

眼鏡なしだったと思い出さないくらい驚いたからだろうか、レンズ越しでない世界が色鮮やかに見える気がする。