花色の月


何となく酎ハイをちびちび飲みながら、膝に乗るモモの背中を撫でた。

満開の桜の向こうに、ゆっくりと上がる月が見える。



「…月と桜と酒があれば、他にはなんもいらねぇなぁ」


その『桜』は、桜ちゃんの事でしょ?

あたし知ってるんだから、今日のお昼過ぎに行ったんでしょ?おばあ様の所へ。






『俺に桜介をください。お願い致します』


いつもは敬語なんて使わない知花さまが、あえて使っているのはそれだけ真剣なんだと、伝えたかったからだと思う。


『…何度言われても答えは変わりませんよ。

桜介のばあちゃんとしては、あなたを好ましく思ってますし、あなたと居る時の桜介も好きですよ。

…ですが、私はこの旅館を潰す訳にはいかない。
あの人の愛したこの場所を守らねばならないのですよ。…月守旅館の女将としては、承諾する訳にはいかないのです』



あの人………おじい様は、この場所をこよなく愛していたらしい。

らしいって言うのは、あたしには殆どおじい様の記憶が無いから。


床の間の上に飾られた、セピア色の写真しかイメージに無いのだ。

その写真を撮ったのはお父さんで、あえて色の無いものにしてくれと言う、おじい様の要望に答えてセピア色にしたそうだ。




おばあ様と知花さまの会話を聞いてしまっていたのは、あたしだけでは無かった。

同じように立ち尽くすあたしに気付きもしないで、ただ涙を流す桜ちゃんの横顔が瞼の裏に焼き付いている。

窓から差し込む日の光に照らされて、とても切なくて綺麗だった。





「おーい、花ー乃ちゃん。
どうしたんだぁ?」


空っぽになっていく缶の数を他所に、ちっとも酔って無さそうな知花さまの、気の抜けるような声。