桜ちゃんは、ああ言っていたけれど、あたしは今日も一人で裏山に向かった。
旅館の裏に背負うようにして広がる裏山は、月森と呼ばれてうちが管理している筈だ。
昨日の踏み跡道を歩いて行くと、意外とすんなり広場に着くことが出来た。
…ぁ……ここは、昔来たことがある。
昨日の月明かりでは分からなかったけれど、明るい日の光の元で改めて眺めると、確かに記憶にある場所だった。
って事は……ここら辺に祠がある筈だよね…
広場を横切ると、昨日あの人が立っていた辺りに、石の祠が見えてきた。
『ここに奉ってるのは月神さまなのよ。
うちにとって、月はとても大切なものなの』
あぁ…教えてくれたのはお母さんだったんだ…
お母さんがあたしを置いて逝ってしまってから、思い出に蓋をするようにして部屋に引きこもる事が増えていった。
眼鏡に限らず、引きこもってたんだよね…
一応普通に日常が送れるくらいは、部屋から出ていたけれど。
お父さんが、あたしを置いて出ていったのは、ある晴れた冬の日の事。
後ろを振り返らずに歩き去る背中を、涙で霞む目で必死に見ていた事を、今でもはっきりと覚えている。
…何だろう、悲しくなるくらい寂しい気持ちが掻き立てられるのは、ここが懐かしい場所だと知ってしまったからだろうか。
小さな祠は、ただ静かにあの頃と寸分違わぬ姿で佇んでいた。
自然と手を合わせて、目を閉じる気になったのは、この厳かな空気の性だろうか…
その時カサリと後ろで音がした。
弾かれるように振り返ると、そこに居たのは…
