「まぁ、用は花乃ちゃんになんだけどね。
ねぇ、そろそろ決まった?」
ため息をついて戸棚から湯呑みを下ろしてる那月さんには見えなかったと思うけど、一瞬すごく克彦お兄ちゃんが怖かった。
ほの暗い瞳の奥は何にも無いみたいに寒くて、とても冷たい視線だった。
「ぁ……えっとまだ……」
「悩む理由は、亡くなったお母さん?なら安心していいよ」
「安心……?」
「死んだらそこに想いなんて無い。無だ。だからお母さんに気を使う必要なんてないんだよ」
言葉が出て来ない。
あたしから、お父さんを奪った人の子どもな癖にって、一瞬思ってしまったから。
そんな人に言われたくないって。
「そんな死んだ人に気を使って、生きてる人の為に時間を割かないなんて変じゃない?」
やっぱり暗い瞳のまま、いつものおちゃらけた人とは全く別人の様に残酷な事を言う。
「……いい加減にしないか」
ハッと我に返ったのは、敬語じゃない那月さんの言葉を聞いたから。
拳を握る姿に慌ててその手を押さえると、また嘲笑うように克彦……さんが言った。
「どうして?なんでそんなに死んだ人に重きを置くの?生きてなけりゃあ、なんの価値も無いんだよ?」
「……歌いません」
「えっ?」
「あなたの母親の為になんて、歌わないって言ったんです」
意味が分からないと言うように、ゆっくりと瞬きをする克彦さんを、涙で霞む目でしっかりと睨んだ。
お母さんを侮辱する事は、決して許さない。
どこかへ行こうと足が動いたけれど、入り口は塞がれている。
くるりと踵を返して、走って奥の部屋に行くと荒っぽく襖を閉めた。
何か言ってる声がするけれど、聞きたくなくて押し入れの布団の中に潜り込んだ。
……これなら微かにしか聞こえない。
止めどなく流れる涙をそのままにして、声を殺して泣き続けた。
あなたが言う事は許さない!
あたしから、お母さんから……
お父さんを奪った癖に!
