「この前指を切ったのは、桂剥きの練習をしてたからでは無いですか?」
「うん……なんで分かったの…?」
包丁の切り傷なんて、どれも同じに見えるけど……?
もうちゃんとくっついた手の傷を眺めていると、その上に那月さんの手が重ねられた。
「桂剥きなんて出来なくても、ごはんは作れますよ?まぁ、料亭の割烹料理を作るつもりじゃなかったらですが」
「頑張るから……教えて下さい」
だって、いきなりおにぎりを作りたいなんて言ったら、武さんは首を傾げるだろうし……
月明かりが優しく包んでくれるここでなら、素直になれる気がした。
月の光が、心の中のトゲを溶かしてくれるみたい。
「……瑞希ちゃんは、お料理上手なんだって……武さんや光さんが、忙しい時は手伝いに入って貰えるって……喜んでたの……」
あたしは、憐れまれたのが辛かった。
出来ない自分が、どうしようもなく惨めで情けなかった。
そっとあたしの肩を抱いた那月さんは、耳元で囁いた。
「……すみませんでした、側に居れなくて」
声を出したら泣いてしまいそうで、きつくきつく唇を噛み締めながら息を詰めた。
「泣いて良いんですよ。……花乃が泣くのは私の腕の中でしょう?」
接客は明美ちゃんの足元にも及ばなくて、それは年期が違うからなんだって、目標にして頑張っているけれど、まだまだ先は長い。
その上、瑞希ちゃんは板場で可愛がられていて、自分の出来なさを余計に痛感してしまった。
頑張ってるなんて、なんの役にも立たないのにって
結果を出せなければ、あたしの居場所を作らなければって、何かに追われてるような気持ちでいた。
それに……瑞希ちゃんは那月さんの事が好きなんだもん。
一気に膨らんだ不安に押し潰されそうになっていたあたしは、那月さんの腕の中でやっと息がつけた。
