花色の月


坂道で三回目に転んだ時、やっぱり今日は止めとけば良かったと後悔した。

雨で滑りやすくなった赤土の踏み跡道は、暗いせいでどこが危ないか判断出来ない。

その上、大丈夫そうだと乗った所は濡れた苔で、これまた滑りやすい……



いつしか昇ったお月さまを眺めながら、泥に汚れた足を投げ出して座った。

地面から直に冷気が上がって来て、火照った体には心地よい。

そのままお月さまを見上げて呟いた。



「……お母さん、お母さんはお料理上手だったんでしょ?なんで、あたしには遺伝しなかったんだろう……」


「それは、女将からの隔世遺伝だと思いますよ」



返事は返ってこないものと思って口に出した言葉に、思わぬ返事が返ってきて飛び上がった。



「いくら夏でも風邪を引きますよ。今日のところは諦めて帰りましょう。それとも、三回目じゃ足りませんか?」


「那月さん……なんで?」


「なんとなくですね」



それに、三回目って転んだ数でしょ?
って、事は最初から見てたの?

それに相変わらず草履だけど、よく滑らずにこの道を歩けるよねぇ……



「困りましたね、花乃に会ったら連れて帰りたくなりました」



甘い微笑みを浮かべる那月さんを見て、素直に嬉しいと思えない。



だって……あたし……

結婚しても美味しい料理を作って、那月さんの仕事を待つなんて出来ないんだよ?

まぁ、料理出来たって女将になったら、あたしのが忙しいって事になりそうなんだけどね。