「嬢ちゃんも、せめて……なぁ」
「若女将の手作りなんて、如月さん喜ぶに決まってんのにな」
「えっ?若女将ってお料理出来ないの?」
出来ないの?
……悪気のない言葉が刺さって、もうあたしの心は瀕死……
「しっ!そんな事言うもんじゃねぇ。あれでも嬢ちゃんは頑張ってんだ」
武さんのフォローが胸に痛い。
あたしは、そのまま足音を立てないようにして、その場を後にする事しか出来なかった。
出来ないのは事実なんだから、頭下げて教えて貰えばいい。
でも……流石にあの空気の中に入る勇気は沸いてこなかった。
あ~ぁ……あたし、ちっとも変われて無いじゃない。
明美ちゃんの部屋を覗くと、お風呂にでも行ったのかもぬけの殻だった。
……お母さんの所にでも行こっかな。
直ぐに着物から普段着に着替えて、ハーフアップにした髪に、もう一度くちなしの簪をさす。
ポケットには練り香水を入れて、つけ直したくちなしの香りをまとって裏口から外に出た。
雨上がりの爽やかな風を、胸一杯に吸い込んで空を見上げると
先ほど虹の掛かっていた空は、もう薄墨色に染まっている。
雨に濡れた赤土で滑らないように気を付けながら、ゆっくり山道を進んだ。
明かりは迷ったけれど、結局荷物になりそうで置いてきてしまった。
それは……直ぐに後悔するんだけど……
