ずるいなぁって思う。
会いたいと思った次の瞬間に、目の前に現れるなんて。
「あぁ、良かった……」
「はい?」
桶に水を汲んでいると、何故か那月さんは小声で呟いて胸を撫で下ろしている。
「山の神に、さらわれてしまうかと思いました」
あれ?今、神って言った?
然り気無く桶を持ってくれながら、あたしの手を引いて表に回る。
勿論、お客さまやおばあ様に見られたら不味いから、さっと離してしまったけれど。
でも、その瞬間……那月さんの瞳が不安げに、ほんの一瞬だけ揺れた。
「今の風で……?」
「えぇ……」
「那月さん、何かあったの?」
「いえ……特には……」
なんとも歯切れが悪い。
那月さんから受け取った桶から、柄杓で水をすくって撒いていく。
一瞬宙に浮いた水が、夏の日を浴びてキラキラと地面に吸い込まれていった。
「今日は、山神様が降りてくるから?」
ここのお祭りは、年に一度降りてくる山神様をおもてなしするのを目的とする。
月の原の祠や、うちの神棚にいらっしゃるのは月神様だけれど、山神様だってちゃんとお迎えしているんだ。
「風に乗って山を下り、帰りに乙女を連れ帰る」
「言い伝えね……」
そう、このお祭りで人が居なくなると、山神様に連れ去られたんだと、この村の人は探すこともしない。
殆どは山神様じゃなくて、自らの意思で都会に出たり、結婚を許されなくて好きな人と逃げたりって事らしいけど……
