花色の月


なんで逃げたくなったんだろう。

そして、なんでそのタイミングで普段は鳴らない携帯電話が鳴ったんだろう。

出なくても良いのに、逃げたいと思ってしまったあたしは、誰からか確認もしないで取ってしまった。



視界の隅で、暗くてよく見えない筈なのに、那月さんが悲しげな顔をした気がする。



「……はい」


『あっ、元気?個展の案内って届いた?』


「桜ちゃん……?」


『なにそれ、誰からか見もしないで取ったの?』




電話口で笑う桜ちゃんの声が、とても遠い。

桜ちゃんの名前を口に出すと、那月さんは静かにあたしに背を向けて闇に向かって歩きだした。



「…ま、待って!」



あたしにしては、思いきって声を出したんだけど…



「私は……桜介に勝てないんですね」



あたしが、桜ちゃんからの電話だから取ったと思ったんだろうか

那月さんは、振り返ってはくれなかった。



背を向けたまま、悲しげに言葉を落として歩き去る姿を、茫然と見送ってしまった。