花色の月


……なかなか大きな建物だこと…

てか、考えてみたらお父さんが会社にいるとは限らないよね?

これで出掛けちゃってたら……無駄足になっちゃうよ…



「大丈夫ですよ。私が伺う旨は伝えていますから」


「えっ?」


「花乃を連れていくとは行。ただ、陶器の営業をって言っただけですから」


那月さんの嘘つき……
陶器の営業って言う割りには、福田屋の大福以外は手ぶらで来ちゃってる癖に。



その時、微笑む那月さんの横顔が少し無理をしているように感じた。


自分の事でいっぱいいっぱいだったけれど、考えてみたらこんな都会の人混みを歩くだけで、那月さんにとっては辛い筈なんだ。


然り気無く上げられた手は、髪を耳にかける振りをしてこめかみ辺りを揉んでいる。




「早く入ろう!」


いきなり手を掴んで入り口に向かったあたしを、那月さんが驚いて見ているのを感じた。

だって、この人が多い通りより、少しでも人の少ない建物の中に入った方が楽なんじゃないかなって思ったから。



「花乃、心の準備は大丈夫なんですか?」


「もう出来ました。
それより涼しい所で一休みしたいの、喉も乾いたし」



受付で確認して貰いながら、那月さんは辛いのは自分な筈なのに、あたしの事を気遣ってくれる。



「…ありがとうございます」


「お礼言われるような事してないよ?」


「いえ、中に入ってだいぶ楽になりました」


案内されたエレベーターの中で、確かに少し顔色が良くなった那月さんが、ごく自然に微笑んでくれた。