花色の月


「なっちゃん、stop!!!」


バーンと派手に開いた引き戸から飛び込んで来たのは、ここには居ない筈の知花さま。


「はい、ちょっと手を離そうかぁ。そんで深呼吸してみろ?」


「…なんで十夢が居るんですか」



小野先輩の襟首から那月さんの手を離させて、無造作に開きっぱなしの入り口に向かって放った。

ドサッと落ちて引き戸の角にゴンッと頭を打った先輩を助けて、香澄さんが部屋を出ていく。

小野先輩、お財布にしては大事にされてると思うな…



「ふぅ……ギリギリ間に合ったなぁ?」


「なんで居るんですかと聞いているんです」


「あぁ……まぁなぁ?香澄の事を花乃ちゃんに教えちまったのは俺だしなぁ。何か起こってからじゃ遅せぇと思ってな」


「…まったく……貴方の性で取り逃がしたじゃないですか」



文句を言いながらも、知花さまに言われた通りに深呼吸をした那月さんは、決まり悪そうに髪をかき上げた。

よく見ると、知花さまは汗だくで何処から走ってきたのかと不思議になった。

だって、送迎の車の音はしなかったもの。



「桜介は、どうしたんですか?」


「居ねぇよ。翔達と仲良くウエイターをしてる筈…だ」


「なるほど、翔くんと桜介の仲はよろしくないんですね。間に挟まれたあの子が可哀想です」


「まぁったく……
そんな事より、バス停から猛ダッシュしてきた俺を少しは労らねぇかぁ?危うく月守旅館に出禁になる所だったんだぞぉ?」



…那月さん、あのままだったら何をしてたんでしょう……