花色の月


「な、なんだってんだよ!」


那月さんは、混乱しているらしい小野先輩に近付くと、襟首を掴んで無理矢理立たせた。

身長差からか、足が宙に浮きそうだ。



「さて、何処がいい?」


「な、なんの事だ……ング」


「足か腕位で勘弁してやる。それとも首が良いか?」


小野先輩相手に敬語では無くなっている那月さんの瞳が、危うい光を宿している。

おでこを押さえながら、立ち上がる事も出来なくて、ただ見ているあたしの脇を誰かが通り抜けた。



「お願い、それくらいにしてあげて」


「一本にしてやると言ってるんだ」



那月さんに話し掛ける、香澄さんの足が微かに震えている。


香澄さんは…知っているんだ。
こうなった時の那月さんの怖さを。

実際に暴力を振るっている所を見たことのないあたしは、どこか危機感が薄かったみたい。

たぶんあれは……



「手を下ろして。あなたがやったら骨の一本や二本じゃ済まないでしょ?

それに、ここを調べて連れて来させたのは私。こんな男でも、お財布代わりにはなかなか使えるのよ」


本当に、お財布代わりって思ってるのかな?
本当にそうとしか思っていないのなら、ここで助けようとしなくて良いような気がする。



「…な、那月さん……」


名前で呼ばれたくないのかなと思っても、今更如月さんなんて呼べなくて、戸惑いながらもいつものように呼んでみた。



「なんですか」


固い声に突き放された気がする。



「ごめんなさい…」


あたしが、ちゃんとあそこで逃げられ無かったから、ちゃんと嫌だと言えなかったから、だから今の状況が出来上がっちゃったんだよね?