「…手を…離して下さい」
「おいおいおい、下手な芝居するなって。本当はかまって欲しくてたまんないんだろー?」
構うって何をするつもり?なんて言えない。
そこまでうぶじゃないし、明らかにこの人の瞳には欲の色が見てとれる。
それにしても、恋人がお風呂にでも行ってる隙に何をしようって言うんだろう。
今帰ってきたらどうするつもり?
「あ~いい湯だったわ。…なにしてるのかしら?」
「あっ!?い、いやこれは……
か、花乃誘ってきてだな……」
いくらなんでも無理があるんじゃないですか?先輩。
なんせ、ガッチリ腕を掴んでいるのは先輩の方で、明らかにあたしは逃げ腰だ。
「あら、如月くんでは飽きたらず、お客にまで手を出すの?ここの若女将は」
「なっ!あたしは那月さん一筋です!!」
「ふ~ん。それで?いつ案内する訳?」
「案内はしません。那月さんは今大事なお仕事中です」
どうやら、小野先輩に愛想が尽きて、猫かぶるのを止めることにしたみたい。
だからと言って、あたしの状況が最悪であるって事には変わりがないんだけど…
「それも、おかしいのよね。
如月くん、自分の名前は好きじゃないからって、回りの人には名字で呼ばせてたのよ?」
「……えっ?」
「なのにあなたは那月さん那月さんって、呼ばれたくない筈の名前で呼んでるんだもの。それに、名前が嫌いなんて知らなかったんでしょう?その顔は」
那月さん……から、そんな事は聞いたことがなかった。
月の原で再開した時も、名字ではなく『那月』って名前で名乗っていたから、なんの違和感もなくそう呼んでいた。
