花色の月


那月さんの家から朝帰りしたあたしは、そっと裏口から中に入ると部屋に上がった。

キュッと帯を絞めると、自分が仕事モードに切り替わった事が分かる。


そっと小さな袋から、練り香水の入れ物を出すと、手首と耳の後ろに付けて馴染ませると、袋に入れて懐にしまった。

お守り代わりにって那月さんが言っていたから、常に身に付けておこうと思ったの。

体温で溶けちゃわないか不安だったんだけど、その入れ物なら大丈夫ですと、意味深に微笑んでいた那月さんの言うことを信じましょう。

あっ…なんで大丈夫なのか聞くの忘れてた…

けど、まぁいっか?





「おはようございます。
小野さまから、花乃を担当にして欲しいと要望がありました。どうしますか?」


朝の打ち合わせで、おばあ様が少し困ったようにあたしの顔を見た。

光さんから話を聞いているからこそ、お客様第一にしづらいんだろう。


「はい、あたしが朝ごはんから運びます」


「ええんか?襲われかけたんやろ?」


不安げに、歯に絹を着せない明美ちゃんが聞いてくる。


「うん、大丈夫。だって連れの女の人も来てるんだよ?わざわざあたしに手を出す必要性は無いと思うしね」


「どうやろなぁ……。兎に角なんかあったら、思いっきり叫ぶんやで?駆け付けたるからな!」


「うん、ありがとう」


明日から、新しい人が入る。
明美ちゃんはその子の教育係りになるから、あたしになんて構ってはいられないと思うし、小野さまは明後日までいる予定。

決してお安くはない月守旅館に連泊できる小野先輩は、そう言えば良いとこのぼんぼんだったっけ…