花色の月


「……那月さん…なんで?」


「話は後です」


あたしの疑問の声に返事は返ってこなくて、ただ土砂降りの雨の中を那月さんに手を引かれて坂道を下った。

相変わらず那月さんの足元は下駄で、どうしてそんな物で滑らずに歩けるのか不思議だ。


あたしの気持ちも、この空模様に似ているなんて思いながら、ただよろける体を何とか前に進めていく。

滑って転びそうになっても、必ず受け止めてくれる那月さんの腕が、あの人…香澄さんの事も抱いたのかと思うと、それだけで妬けるなんてあたしは身勝手だ。


自分だって、小野の良いようにされていたって言うのに…



足元だけを見ていたあたしは、那月さんが旅館ではなく那月さんの家に向かっていた事に気が付いてもいなかった。

勢いよく引き戸から飛び込むと、立ち尽くすあたしの体から流れ落ちる水が、みるみるうちに土間の色を変えて行く。



「取り合えず、お風呂に入りましょう」


「なんで……なんであそこに居たんですか…?」


「十夢から連絡が有りました。香澄の事を話した、と」


そう言う那月さんの視線の先には、今では珍しい黒電話が佇んでいる。

…携帯電話を持っていないって時点で、かなり変わってると思うんだけど、創作が佳境に差し掛かると電話線まで抜くって言うんだから……



「…それを聞いたら、お母さんの所に弱音を吐きに行くって思った訳ね…」


「先に、月の原に行ってましたので、雨の前に着けませんでしたけどね」



そう、ならあたしがお母さんに話した内容は知らないのね。