花色の月


「花乃、悪いけどさ、十夢を小桜の間まで案内してくれる?あっ、お茶は淹れなくていいから」



「…はい」



「よし、じゃあ眼鏡取って行くかぁ?」



えっ?なんで取らなきゃいけないの?

しかも、なんであたしが案内しなければいけないんだろう。

二人きりなんて苦しいだけなのに……でも、嫌って言えないあたしが悪いんだけど…



「まぁ、最初は俺の前だけか。
部屋に着いたら外せよぉ?」




二人きりで歩く廊下が、いつもよりずっと長く感じるのは、この空気のせいだと思う。

人見知りの激しいあたしは、普通のお客様の時は決まりきった言葉を暗唱するように繰り返すけれど、この人には通用しない。


この人の住んでいた所は分からないけれど、それでもこの辺の事に詳しい筈だから、何となくの話なんて出来なくて…


ちょっとだけ、どこに住んでいたのかとか聞いておけば良かったなって思った。

聞きたくなくて、桜ちゃんの言葉にすら心を閉ざしていた時期は、驚くほど回りの言葉を覚えていなかった。




「なぁ、小桜の間って母屋の近くだろ?」



「はい、知ってらっしゃるんですか?」



「本当におかしなやつだなぁ?
眼鏡かけたら途端にしゃべりやがる」



「…申し訳ありません」



「もっと気楽にしねぇか?
聞いてても肩こるぞ?」



…気楽にするなら、しゃべらないって言っても、それで良いって言うのかな?