花色の月


窓から見えるのは藤棚だ。


「しはらくは 花の上なる 月夜哉……ってね」


昔、この部屋でお母さんが教えてくれたのは…確か松尾芭蕉だったと思う。


もうくちなしの花が咲いているけれど、気候の関係か、まだ名残の藤が美しい。


まぁ、枯れちゃった所は武さんが綺麗に取っちゃったからなんだけどね。




お母さんを思い出して、少し物思いに耽っていると、光さんの運転する送迎の車の音が聞こえた。


さて、気合いを入れてお迎えいたしましょうかね!

今日、あたしの髪に揺れるのも藤の簪だ。
藤の間にお客さまがいらっしゃるし、時期的に藤は最後かなと思ったからこれにしてみたんだ。



入り口で正座をして待つこと数分、にもつを持った光さんと、逆光で顔は分からないが男性が一人。


「ようこそ、月守旅館へおいで下さいました」


丁寧に三つ指を付いてお辞儀をする。


「あれ?マジでーっ?花乃じゃん」


軽薄そうな声は、聞きたく無かった人の物。

まさか、沢山居るであろう小野って人の中から、なんであんたがうちに来るかな……

嫌な汗が背中を伝うけれど、表情は笑みを浮かべたまま返事をする。



「お久しぶりでございます。小野先輩」