花色の月


次の日の朝、今日いらっしゃるお客さまの確認をする。


「今日は藤の間にお二人、小野さまと言う新規の方です。後は、菊の間の笹野さまは一日延長されますので忘れないように」


おばあ様が、手帳を片手に読み上げる名前に、聞き慣れたあまり覚えの良くない名字があった。

…まぁ、小野なんてどこにでもいる名前だし……



「小野さまは、もうお着きです。
今、光さんが駅まで迎えに行ってますから、花乃は迎える準備をなさい。明美は菊の間にお食事を」


「「はいっ!」」


あたしは、言われた通りに藤の間に最後の点検に行った。

もうお客さまを迎える準備は出来ているけれど、些細な見落としがないか注意深くチェックして、お茶の仕度をする。



何となく見た自分の右手は、いつの間にかよく見ないと分からないくらい火傷の跡は薄くなっていた。

…良かった……これで知花さまが気に病む必要が無くなる。


そんな事を考えながら、用意する湯呑みは一つ。
小野さまは、お連れさまが後からおいでになるらしい。

お茶請けの干菓子は福田屋の和三盆。
薄紫のひし形の和三盆には、藤の花が見てとれる。

こんな事も細やかに心配りするのが月守旅館流。

湯呑みも、干菓子を入れている器も、どちらも那月さん作の物。

ここで湯呑みが気に入ったから、と買っていかれるお客さまも少なくない。