「十夢……花乃は私の理性を試してるんでしょうか?」
「なっちゃん、気持ちは分かるけどなぁ。
ここで盛んのは止めてくれよぉ」
鬱陶しがられたらどうしようと、あたしの鼓動は早かったけれど
あたしをギューっと抱き締めて、知花さまに話しかける那月さんの声色は、優しげで嬉しそうだった。
「花乃、そろそろ歌いますか?」
「うん……伴奏お願いしても…?」
「勿論そのつもりですよ」
ちょっと名残惜しいけれど、那月さんの腕からすり抜けて、一口水を含むと歌う準備をした。
この桜の間は端の方にあるし、今日お泊まりのお客様は反対の桐の間や、桔梗の間にいらっしゃる。
だから、聞こえたとしても煩い程ではないと思うし、BGM程度に思って貰えたらいいと静かに息を吸い込んだ。
那月さんの指先から、柔らかな音色が溢れ出すと、まるで何回も合わせたみたいに滑らかに声が滑りでた。
いつの間に静かになったのか、部屋に溢れるのはあたしの声と那月さんのライアーの音色だけ。
桜ちゃんと知花さまのためだけど、歌いながらお母さんを想った。
…お母さん、逃げてばっかりのあたしだったけど、少しは変われたかな?
お母さんを少しは安心させられた?
