花色の月


帰りは二人になってしまったあたしと武さんは、黙ってラジオから流れる音楽に耳を澄ました。

山が深くなるにつれて、雑音が混じるようになったラジオをあたしが止めると、まるでそれが合図だったかのように、武さんが話始めた。


「あいつを許してやって下せぇ」


「許すだなんて…」


「あんな憎まれ口叩いてましたけど、嬢ちゃんの事を大切に思ってましたよ。
だからそこ、今回は自分を許せなかったんでしょうな」


「あたし…何にも知らなかった……」


「まぁ、大声で言うことでもねぇですからねぇ」


武さんのごっつい横顔は優しげで、長年一緒に働いてきた恵美さんへの思いで溢れていた。


「あたし…恵美さんは、武さんなんだと思ってた」


「あぁ、結婚を進められた事もありやしなたねぇ。ですが、お互いそれは無いってお断りしました」


「お互い…?」


「ハハッ、昔話です。
私はすっぱり振られてんでね、それに今はそんなのはいらんのです」


「あたし…回りの人のこと、知ろうともしてなかったんだね…」


「嬢ちゃんは、嬢ちゃんなり歩けばいいんですよ。
まだまだこれからだ」


武さんは、この村で生まれ育ち、板前の修行に都会に出て腕を磨くと、故郷のこの村に帰ってきて月守旅館に就職した。

…わぁ、どうしよう、それしか知らないや…


でも、あったかくて包み込んでくれるみたいに守ってくれる武さんは、お父さん以上にお父さんみたいな人だった。

たぶん…これからもそれは変わらない。


武さんの大きな背中におぶさって、決して上手くはない子守唄を歌って貰ったのが、あたしの一番古い記憶だもん。


その頃は、まだお母さんも生きていて、勿論お父さんも居たけれど

旅館の仕事を覚えようと必死だったお父さんに、あたしと遊ぶ暇なんてなくて、お母さんは…その頃から寝込みがちだった。


あたしは、自分の殻に閉じ籠る前に、もっと回りを見たら良かったのかもしれない。

まぁ今更だけど。


あたしは恵まれているんだなって
改めて実感出来た、月の綺麗な夕べの事。