その日は、永野絵里の家の人が荷物を取りに来て
新人二人と、恵美さんが辞めた。
恵美さんはすっかり取り込まれていて、そんな自分が許せないと、辞める決断をしたそうだ。
その時初めて、恵美さんもあたしのお父さんを好きだったんだと知らされた。
決して美人では無いけれど、優しくてあったかい微笑みはお客さまにも評判だった恵美さん。
おばあ様は知っていたみたいで、悲しそうな表情で辞表を受け取ると、見送りもせずに部屋に隠ってしまった。
「恵美さん……」
「私は、克也さんに会いに行きますね」
「お父さん、新しい家族が居るよ?…奥さんも」
「フフッ、それは知っていますよ」
「それからどうするの…?」
「どこか遠くへ、旅行にでも行くつもりです。
ずっと、ここから出ずに生きてきましたからね」
「そう……元気で…ね?」
「私は、嬢ちゃんが最初疎ましかったの。
雪乃さんに似て、愛らしい嬢ちゃんが……ごめんなさいね?
だから、嬢ちゃんも武さんにはなついても、私にはなつかなったんだなぁって最近気が付いたの」
「ぇ…?」
「どれも自分が蒔いた種。
取り合えず、幸せそうな克也さん家族でも見て玉砕してくるわ…ってごめんなさいね」
「ううん、良いんです。
あの…父に会ったら『ありがとう』って伝えてくれますか?せっかく援助してくれてたのに大学を中退しちゃって…ごめんなさいって……」
少し考えるように口をつぐんだ恵美さんは、ちょっと微笑んでこう答えた。
「…いいですよ?
でも、直接言ってあげて下さい。今じゃ無くてもいいから、いつか言ってあげて下さいな」
「…会ってくれたら……その時は…」
「えぇ、そうしてあげて下さいね」
そう言うと歩き出した恵美さんの背中に、思いきって声を掛けた。
「あたし…あたしは恵美さん大好きです!
帰ってきた時も、恵美さんに迎えて貰えて嬉しかった……だからショックだったけど……」
「絵里さんの事よね?若い頃の自分に被ったなんて、言い訳にもならないけれど……
今はね、私もお嬢ちゃまの事が大好きですよ」
電車に乗って手を振る恵美さんは、やっぱり優しく微笑んでいて、もうこの微笑みを見られないんだと思うと涙がこぼれた。
