あたしの肌が綺麗になって、ファンデーションが必要無くなった頃。
ひとつの電話が引き金になって
あたしの、まったりとした日々が、気が付かないうちに静かに終わりに近付いていた。
「お電話ありがとうございます。
月守旅館でございます」
『桔梗の間を、予約したい』
「ありがとうございます。
お名前をお聞きしてよろしいですか?」
『知花、で分かるかな?』
手元にある手帳には、『桔梗の間"知花様"優先』と、桜ちゃんの字で書いてある。
「いつも、ありがとうございます。
いつ頃、お越しになりますか?」
こう書いてある場合は、上客の常連さんだから、細かい事は聞かなくて良いと言われている。
やっと、電話を取れるようになったけれど、まだまだ分からない事だらけだ。
何もしないのも肩身が狭く、今は旅館で新米としてせっせと励んでいる。
まぁ…そんなに忙しく無いんだけど……
『君は、最近から…?』
「はい、至らなくて申し訳ございません」
…やっぱり、分かっちゃうのかぁ……
『いや……行くのは明日、午後かな』
「はい、お着きに成りましたらお電話下さい」
『いや、迎えはいい。
じゃあ明日からよろしく、…花乃ちゃん』
「ぇ……?」
プツッと切れた受話器を持ちながら、首を傾げた
なんで、あたしの名前を…?
あっ…でも、昔からの常連さんなら知ってる事もあるかな…?
小学生の頃は、お手伝いと称して、桜ちゃんの後についてお茶を運んだりしていた。
中学生からは、忙しい時に仲居さんの真似事をしていたけれど、今みたいに電話に出たりはしていなかった。
