花色の月


次の日から裏方の仕事を始めたあたしは、言葉と時にはつねる等の暴力で、いびられるようになった。

それを、恵美さんは見てみぬ振りをしている。


いびられる事よりも、その事のが辛くて…改めて自分は向いていないんだと思ったけれど、せめて自分から言い出した事はやり遂げようと歯を食い縛った。


知花さまは、滞在費が尽きそうだからと板場で武さんを手伝い始めた。

滞在費なんて、たぶん口実でしかないだろうけど…

腕も良いらしい知花さまを、武さんがこき使いながらも、楽しそうに時おり笑い声の起こる板場には、あたしは近寄る事も許されなくなった。



「なにサボってんの?
桐の間辺りの廊下、拭き掃除して来なさい」


「…はい」


「はぁ?なにその返事。
文句有るなら、また引きこもりに戻ればいいんじゃない?『お嬢さま』」


「すみません」


バケツと雑巾を持って、今は人が居ない桐の間の廊下に、わざとらしく塗られた泥を丁寧に拭き取った。

ここは、桜ちゃんが帰ってくる所。

決してあんな人に汚させない。



あの人は……桜ちゃんのお見合い相手、永野 絵里。

桜ちゃんが居なくなる前に、おばあ様とした喧嘩の原因の人。
花嫁修業と称して月守旅館に乗り込んできた……あたしの同級生。



「まだ終わらないの?
相変わらず愚図なのね」


「すみません」


「暗いし鬱陶しい。
こんなのと居たくないから桜介さまは出てっちゃったんじゃない?」


「………」


「何とか言いなさいよ。
私の桜介さまが帰ってきたら、あなたは直ぐにも出ていってよ?新婚夫婦の邪魔でしか無いんだから」


……苦しい…

でも、この人の前で倒れる訳にはいかない。