「…知ってます」
「そうですか、それは良かった。
では、私は帰りますね?
またいつでも来てください。花乃なら歓迎しますよ」
『花乃なら』に、やたらと力を入れるから、知花さまはちょっと拗ねたように那月さんの髪をぐしゃぐしゃにした。
「まだ、絞り足りなかったみたいですね?」
知花さまの手を払い除けると、那月さんは微笑みながら言った。
…とっても怖いです……
「では、失礼しました」
こっちが何かを言う隙を与えずに、さっと消えてしまった那月さんを、追えもしないのに窓から眺めていた。
あ、武さんに見つかった。
武さんに見つかって、何故だが抱き付かれている那月さんは、殴りこそしないものの握り締めたこぶしが震えていた。
………武さんと、仲良し…では無いのかな?
武さんの片想い…
「なぁ、花乃ちゃん……俺の存在を忘れてねぇか?」
「忘れてました。
……あたし、やっぱりあれは本音です」
あたしになんか構わないで欲しい。
あなたに、人としてでも……惹かれるのが怖いから…
「俺の事、今でも嫌いかぁ?」
「………嫌い、です」
嘘つき。
本当は、最初の頃抱いていた気持ちなんて、欠片も残っていないのに…
それでも、酷い言葉でも、そう言わなければいけない気がした。
だって、この人は桜ちゃんの恋人。
桜ちゃんが愛してやまない人なんだから。
「……そうか…」
なんで、そんなに寂しそうに微笑むの?
なんで、そんなに……辛そうなの?
あたしと桜ちゃんを被らせないでよ…
「…出てって下さい……」
本当は謝りたいのに
頬のアザも…知花さまは何も悪くないのに…
ついさっき、この人の瞳にもう一度光を灯せたら…なんて思い上がった事を思った自分を、消してしまいたい。
あたしに出来る事なんて、何も無いのに…
