***
 病院に戻ると、看護婦さんは「それじゃあ、ちゃんとりんちゃんを病室に連れて行って大人しくしてなさいね」とひーに笑うと、私に手を伸ばしてきた。
 私はびっくりして『バッ』とひーの後ろに隠れてしまう。
「あらら。嫌われちゃったかな?それじゃあ、またね。」
 私の態度は、普通の人なら嫌悪すら懐く類のものだった。なのにも関わらず、看護婦さんは優しく微笑むと、そのままナースセンターへと戻っていった。
 なんで怒らなかったのだろう?
 そんな疑問が沸いたけれど「それじゃあ、もどろっかぁ~。」とひーに声をかけられて、私はそれに『コクリ』と頷いて、それを考えるのをやめた。
 静かな廊下をひーに抱きついて歩く。
 なんて情けないのだろう。
 なんて脆弱なのだろう。
 私は、本当に弱い人間だ。
 病室に着くと、ベットに二人で腰掛けた。
 ひーはサンドイッチ二つとお茶を取り出して、私に「はい、りんの分だよぉ」と笑って渡してくれる。
 何故、ひーは私にここまでしてくれるのだろう?
「ありがと」
 私はひーのことを考えながら、小さな声でそう呟くように言って、それを受け取る。
 ひーは笑顔で「どういたしましてぇ」と言ってくれる。
 ひーにとって今の。ううん、これからの私は重荷でしかない。
 それなのに、何故ここまでしてくれるのだろう?
 サンドイッチの包みを開けて、一口だけぱくりと食べる。
 お母さんのサンドイッチとは、味がやっぱり違う。
「りん?大丈夫?美味しくなかった?」
 ひーが心配そうな声を出して、私は頬を温かい物が伝っていることに気がついた。
 ああ、私は今泣いているのか。理由はなんとなくわかる。
 もう、お母さんのサンドイッチが食べられないことが分かったから。
 もう、お母さんに会えないことが分かったから。
 お母さんの温かさも、お父さんの優しさも。
 もう知ることが出来ないから。
 実感がなかった。
 もう会えないなんて。
 もう抱きしめてもらったり、朝ごはんを作ってもらったり。
 わがままやお願いを聞いてもらえないなんて。
 そんなの、分かりたくない。知りたくない。
 耳を塞ぎたい。
 目を瞑って、泣き叫びたい。
「りん、大丈夫。大丈夫だからね?ひーが居るから。」
 またひーが励ますように言葉をくれる。
 優しく頭を撫でてくれる。
 涙が、溢れて。
 それが止まらなくて。
 声まで溢れ始める。
 ひーが抱きしめてくれる。
 頭を『ぽんぽん』と撫でながら「大丈夫。大丈夫。」と言ってくれる。
 私は、本当に弱い。
 今だって、ひーに迷惑をかけている。
 強くならなくちゃ。
 ひーに頼らなくていいように、強くならなくちゃ。
 だけど、今だけは。
 今夜だけは「ひー。ひっく。うぅ、ごめん。ひっく。」頼らせて。