***
「いやぁ!こんなの違う!違うの!そんなわけないの!そんなわけないんだから!」
私は、りんの叫び声で一気に目が覚めた。
目の前では頭を引っ掻き回しているりんがいて、私は無我夢中でりん抱きしめながら「りん!大丈夫!大丈夫だから!」とりんに言い聞かせる。
「ひー?ねぇ!違うの!違うんだよね!?だって。だってわたし。一人に、一人ぼっちになっちゃう!」
りんは私に気付き、がたがたと震えたまま私に言葉をぶつけて、そのまま泣き始めてしまう。
「りん、大丈夫だから。ひーがいるから。」
昼間より白髪が多くなってしまった頭を優しく撫でながらに慰める。
あれから半日以上が経つのに、まだ私は実感が沸かない。
あのあと―
「あ~あ。行っちゃった。」
それが、りんが駅への小道に入ってすぐに出た言葉だった。
正直、りんが一緒に連れて行ってくれたり、一人残って私と連休を過ごしてくれることをちょっとだけ期待していた。
「ひーさん、落ち込まないでください。連休明けにはまた会えるんですから。」
そうさくちゃんが私に微笑んでくれると、それに続いて「そうそう。それに、俺がりんちゃんの代わりに一緒に楽しいゴールデンウィークを過ごしてやるから!」とまさひこ君が冗談であるべき励ましをくれる。
多分。本気なんだろうなぁ。
「うぅ。敵わない。マーガリンめぇ!」
かすちゃんだけ励ましではなく遠吠えをあげて、さくちゃんが「そんなに蹴られたいんですか?カス姉?」とそれはそれはこれ以上無いくらいに優しく微笑んで、そのあとに続く言葉を止める。
それを見て「あはは」と私が笑うと、みんなは安心したように優しい笑顔を浮かべて、笑う。
きっと、私が落ち込むことを予想して、みんなは来てくれたんだろうなぁ。
そう思うと少し嬉しくなる。
「りんも行っちゃったし。さぁ!上がって上がって!」
私はみんなにそう言って家のドアを開けて、招き入れた。
まさひこ君とかすちゃんは、正に勝手知ったる私の家という感じで「おじゃまします」のあとにばたばたと私の部屋へと続く階段を駆け上っていく。
「ひーさん。すみません。」
さくちゃんは別に悪くないのに、ほとほと疲れ果てた様子で私に謝ってくれる。
「あはは。いいよ、いつものことだし。」
そう返して「ただいまぁ~」と言って二人の後を追いかける。
後ろでは、さくちゃんの「おじゃまします。」という控えめな挨拶が聞こえた。
部屋に着くと。
まあ、いつもの光景で。
私の服や下着や私物を物色している二人がいて。
「なにやってんですか!」とさくちゃんが私の代わりに怒って二人を大人しくさせてくれたのは、デフォルトと言うものなのだろう。
二人とも痛そうだけど。
そんな馬鹿騒ぎの中、派手な音楽と共に歌が流れ始めて「イタタ。」と言いながら、まさひこ君がケータイを取り出して電話に出た。
流石に反論しようとするかすちゃんも静かに。
しようとしないので、さくちゃんに無理矢理黙らされていて、私は「くふふ。」と堪え笑いで身悶えてしまう。
「なんだ?今忙しいんだけど?」とまさひこ君はあからさまに嫌そうに電話の相手に言う。
でも、相手の興奮のしように負けたらしく、呆れたように溜息を吐いて「で?何が凄いんだ?」と内容を聞くと、一気に顔色が悪くなって「悪い。切る。」と言って、電話を切る。
「どうかしたんですか?」
さくちゃんが珍しくおどおどしながら聞くと、青ざめた顔で「りんちゃんがトラックに轢かれたかもしれない」と言われた。
「え?」
言葉が漏れた。
なんて言ったんだろう?
うぅん。言葉はわかる。
でも、なんて言ったんだろう?
「なんて言ったの?」
また言葉が漏れる。
みんなが押し黙って。
私は部屋を飛び出した。
後ろで声がした。
茶菓子やお茶を持ってきているお母さんとぶつかった。
でも、どうだっていい。
私は家をまるで出て行くかのようにあとにした。
まだ。
あと三十分ある。
まだりんは、駅のホームにいるはず。
頭の中で思うたびに足が速くなる。
小道のねこ君も、お花さんも。
赤信号も、ぶつかりそうになった車も気にせずに。
私の足は速くなる。
駅が見えて。
トラックが駅に食べられているようにぶつかっているのが目に入った。
そんなわけない。
「腰抜かしてた女と、それ助けようとした男が潰されたらしいよぉ?」
「えぇ?マジでぇ?超ウケルゥ~!」
そんな言葉が耳に入る。
咽が焼ける。
瞼が熱くなる。
「そんな。わけ。ない。」
あぁ。今すぐにここで泣きたい。
そう思いながらも、一歩一歩あまりにも重すぎる足を動かしながら、駅へと近づいていく。
でも。一瞬、視界の端に倒れているりんが居たような気がした。
振り向いて確かめる。
確かにりんと同じ格好をした白髪混じりの女の子が倒れていた。
りんの髪は茶髪交じりの黒だ。
りんなわけない。
わかってる。
でも、倒れている女の子に歩み寄って、顔を覗く。
りんだ。
「よかった。よかったよぉ!」
そう叫びながら、りんを抱きしめる。
だけど、周りにはたくさんの人がいた。
あぁ。こんなに人がいたんだぁ。
それが私の感想で、自分で笑ってしまいそう。でも、今はそれよりもりんが無事であることが嬉しかった。
「おい!どけ!」
「ちょっと!退きなさいよ!」
「すいません、通してください!」
という周りの五月蝿さにも勝る大声が聞こえ、振り返ると三人の人がいた。
うぅん。涙がいっぱいで誰か見えないけど、誰かわかる。
心配して追いかけてきてくれたのだろう。
本当に自分でもわかるくらいに、どうしようもなく仕方のない子だなぁ。
一瞬私が誰を抱きしめているかわからなかったらしく、三人とも混迷したような言葉を交わしていたが、りんの顔が見えたらしく、安堵の吐息が耳に入る。
それからすぐにまさひこ君が「何があったか聞いてくる。」と言ってどこかに行ってしまう。
やっと落ち着いて、さくちゃんとかすちゃんに「ごめんね。心配かけちゃって。」と謝ると、二人とも無言の微笑みで顔を横に振ってくれる。
真っ赤なテールランプが目に入って、そちらの方に顔を向けると、忘れ去られたように3つの旅行用のバッグが置き去りにされているのが目に入った。
りんの旅行バッグだ。
その隣のにも。ちょこっと離れたもう一つにも見覚えがある。
そして、何があったのかを理解してしまう。
肩が震える。
りんを強く抱きしめる。
涙がまた溢れる。
それは嬉しさから来るものじゃない。
それは悲しさから来るもので。
二人が慌てて「どうしたの?」と心配してくれた。
でも、それに答えられずに泣いた。
ただただ泣いた。
それからどれくらい泣いただろう?
気がつけば、まさひこ君と警察の人がいて。
おじさんとおばさんが亡くなったことを口にした。
それから、りんが心配だと言って「病院に連れて行きます。付き添いますか?」と聞かれて、それに私は頷いて、りんと一緒に車に乗せられて病院へと向かった。
泣き続けていたりんは落ち着いたのか「ひー。えっぐ。ごめん、ね。」としゃっくり混じりに私に謝る。
「うぅん。大丈夫だよぉ。」
そう頭を撫でながらに返す。
それが、今の私がりんにしてあげられる精一杯のことだった。
「ひっぐ。ここ、どこ?えっぐ。おなかすいたよぉ。」
「病院。そうだよねぇ。サンドイッチ以外なんにも食べてないもんね。ちょっとコンビニで何か買ってくるね。」
りんの疑問と要求にそう答ると、りんを抱きしめていた手を放して、私は立ち上がろうとした。
でも、放した手をりんが両手で『ぎゅっ』と抱きしめて。
「ひー。ひっく。おねがい、ひとりに。えっぐ。しないで。ひっぐ。」
そう弱々しくお願いされてしまい、私は少し悩んでしまう。
もちろん、りんが迷惑だから悩むんじゃない。
りんに何か食べさせてあげたいし、りんの傍にも居てあげたい。だから、どうしても悩んでしまうのだ。
でも、よく考えてみれば簡単なことかも。
そう思って「一緒にコンビニ行こっか」とりんに微笑むと、りんは俯きがちに頷いて、私と一緒に立ち上がる。
病室を出て、ナースセンターを通り過ぎようとすると「ちょっと、桜坂さん。困ります、患者さんを連れてこんな時間にうろつかれては。」やはり呼び止められてしまった。
でもなんでりんじゃなくて、私の苗字なんだろ?と思いながら振り向くと、そこに居た人には見覚えがあった。
たしか、りんを病室に連れて行くときにいた看護婦さんだ。
腕を抱きしめるりんの手に力が入るのがわかる。
「大丈夫だから。」
そう言って頭を撫でながら、ナースセンターの方に近づき「すいません。でも、りん朝食のあとなんにも食べてなくて。ちょっとコンビニに行きたいんです。」と勝手なお願いとはわかっていても、そうお願いせざる終えない。
「でしたら、桜坂さんだけでお願いします。」
当たり前ながらそう厳しい顔で返されて、りんの手に更に力が入る。
「でも、りんが一人になりたくないって言ってて。ダメですか?」
そう私が理由を言うと、仕方ないという顔をして「菫さん。私は彼女達に付き添ってコンビニに行って来ますので、少しの間お願いします。」と奥にいる看護婦さんに一言かけて「さあ、はやくコンビニに行きましょう」と先程とは打って変わって優しい笑顔で私たちに言う。
「ありがとうございます。」
そう答えて、私たちは看護婦さんと一緒に病院をあとにした。
外に出ると五月特有の澄んでいて澄み切れないような夜気が私の頬を撫でる。
そして、いつもとは違う立ち位置―りんが怯える少女のように私に抱きついて歩く。
りんが落ち込む理由も、りんを励まさなきゃいけないこともわかる。だけどどうしたらいいんだろ?
いつもの私なら、どうやって励ますんだろう?にっこりと笑って?優しく微笑んで?それとも、まさひこ君みたいにふざけて?
いつもりんに甘えてばっかりで、助けてもらってばっかりで。
もしかしたら、りんを励ましたり元気付けたりしたことなんてないのかもしれないなぁ。
そんな風に頭を回していると、答えの出ないままコンビニに着いてしまった。
吐き出したい溜息を無理矢理に噛み殺して、仕方なくコンビニに入る。
いつも、人前でなくても恥ずかしいと言っているりんは、私から離れようとせず、むしろ反対にぎゅっと抱きしめてくる。
怯えるように。縋るように。
私はそんなりんに「なにが食べたい?」と耳打ちで話しかける。そしてカゴの中に食べたい、飲みたいと言われたものを入れていく。
でも、その食べ物は全部サンドイッチだった。
少し栄養のバランスが不安になったけど、多分おばさんが最後にりんに作ってくれたごはんだったから、サンドイッチを選んでいるんだと思う。
そうして一通り入れ終わったところで「あ、言い忘れてた。ここの食べ物、消費期限気をつけないとお腹壊すからね~。唯一の店員がずぼらで無気力だからさぁ~」と看護婦さんがケタケタと笑いながらに口にした。
どういう意味なんだろ?そう思いながら、カゴの中のサンドイッチを手にとって私は驚愕した。
四月十七日。それは、既に十日以上も消費期限を超過していて、正に開いた口が塞がりそうにない。
顎なんか外れちゃうんじゃないかな?そもそもなんでこんなものが?それ以前にここは本当にコンビニなのかなぁ?さっきだけど、2000年ってでかでかと書かれた雑誌あったし。十年前だし。と、とりあえず、サンドイッチを他のに変えよう。
「いやぁ!こんなの違う!違うの!そんなわけないの!そんなわけないんだから!」
私は、りんの叫び声で一気に目が覚めた。
目の前では頭を引っ掻き回しているりんがいて、私は無我夢中でりん抱きしめながら「りん!大丈夫!大丈夫だから!」とりんに言い聞かせる。
「ひー?ねぇ!違うの!違うんだよね!?だって。だってわたし。一人に、一人ぼっちになっちゃう!」
りんは私に気付き、がたがたと震えたまま私に言葉をぶつけて、そのまま泣き始めてしまう。
「りん、大丈夫だから。ひーがいるから。」
昼間より白髪が多くなってしまった頭を優しく撫でながらに慰める。
あれから半日以上が経つのに、まだ私は実感が沸かない。
あのあと―
「あ~あ。行っちゃった。」
それが、りんが駅への小道に入ってすぐに出た言葉だった。
正直、りんが一緒に連れて行ってくれたり、一人残って私と連休を過ごしてくれることをちょっとだけ期待していた。
「ひーさん、落ち込まないでください。連休明けにはまた会えるんですから。」
そうさくちゃんが私に微笑んでくれると、それに続いて「そうそう。それに、俺がりんちゃんの代わりに一緒に楽しいゴールデンウィークを過ごしてやるから!」とまさひこ君が冗談であるべき励ましをくれる。
多分。本気なんだろうなぁ。
「うぅ。敵わない。マーガリンめぇ!」
かすちゃんだけ励ましではなく遠吠えをあげて、さくちゃんが「そんなに蹴られたいんですか?カス姉?」とそれはそれはこれ以上無いくらいに優しく微笑んで、そのあとに続く言葉を止める。
それを見て「あはは」と私が笑うと、みんなは安心したように優しい笑顔を浮かべて、笑う。
きっと、私が落ち込むことを予想して、みんなは来てくれたんだろうなぁ。
そう思うと少し嬉しくなる。
「りんも行っちゃったし。さぁ!上がって上がって!」
私はみんなにそう言って家のドアを開けて、招き入れた。
まさひこ君とかすちゃんは、正に勝手知ったる私の家という感じで「おじゃまします」のあとにばたばたと私の部屋へと続く階段を駆け上っていく。
「ひーさん。すみません。」
さくちゃんは別に悪くないのに、ほとほと疲れ果てた様子で私に謝ってくれる。
「あはは。いいよ、いつものことだし。」
そう返して「ただいまぁ~」と言って二人の後を追いかける。
後ろでは、さくちゃんの「おじゃまします。」という控えめな挨拶が聞こえた。
部屋に着くと。
まあ、いつもの光景で。
私の服や下着や私物を物色している二人がいて。
「なにやってんですか!」とさくちゃんが私の代わりに怒って二人を大人しくさせてくれたのは、デフォルトと言うものなのだろう。
二人とも痛そうだけど。
そんな馬鹿騒ぎの中、派手な音楽と共に歌が流れ始めて「イタタ。」と言いながら、まさひこ君がケータイを取り出して電話に出た。
流石に反論しようとするかすちゃんも静かに。
しようとしないので、さくちゃんに無理矢理黙らされていて、私は「くふふ。」と堪え笑いで身悶えてしまう。
「なんだ?今忙しいんだけど?」とまさひこ君はあからさまに嫌そうに電話の相手に言う。
でも、相手の興奮のしように負けたらしく、呆れたように溜息を吐いて「で?何が凄いんだ?」と内容を聞くと、一気に顔色が悪くなって「悪い。切る。」と言って、電話を切る。
「どうかしたんですか?」
さくちゃんが珍しくおどおどしながら聞くと、青ざめた顔で「りんちゃんがトラックに轢かれたかもしれない」と言われた。
「え?」
言葉が漏れた。
なんて言ったんだろう?
うぅん。言葉はわかる。
でも、なんて言ったんだろう?
「なんて言ったの?」
また言葉が漏れる。
みんなが押し黙って。
私は部屋を飛び出した。
後ろで声がした。
茶菓子やお茶を持ってきているお母さんとぶつかった。
でも、どうだっていい。
私は家をまるで出て行くかのようにあとにした。
まだ。
あと三十分ある。
まだりんは、駅のホームにいるはず。
頭の中で思うたびに足が速くなる。
小道のねこ君も、お花さんも。
赤信号も、ぶつかりそうになった車も気にせずに。
私の足は速くなる。
駅が見えて。
トラックが駅に食べられているようにぶつかっているのが目に入った。
そんなわけない。
「腰抜かしてた女と、それ助けようとした男が潰されたらしいよぉ?」
「えぇ?マジでぇ?超ウケルゥ~!」
そんな言葉が耳に入る。
咽が焼ける。
瞼が熱くなる。
「そんな。わけ。ない。」
あぁ。今すぐにここで泣きたい。
そう思いながらも、一歩一歩あまりにも重すぎる足を動かしながら、駅へと近づいていく。
でも。一瞬、視界の端に倒れているりんが居たような気がした。
振り向いて確かめる。
確かにりんと同じ格好をした白髪混じりの女の子が倒れていた。
りんの髪は茶髪交じりの黒だ。
りんなわけない。
わかってる。
でも、倒れている女の子に歩み寄って、顔を覗く。
りんだ。
「よかった。よかったよぉ!」
そう叫びながら、りんを抱きしめる。
だけど、周りにはたくさんの人がいた。
あぁ。こんなに人がいたんだぁ。
それが私の感想で、自分で笑ってしまいそう。でも、今はそれよりもりんが無事であることが嬉しかった。
「おい!どけ!」
「ちょっと!退きなさいよ!」
「すいません、通してください!」
という周りの五月蝿さにも勝る大声が聞こえ、振り返ると三人の人がいた。
うぅん。涙がいっぱいで誰か見えないけど、誰かわかる。
心配して追いかけてきてくれたのだろう。
本当に自分でもわかるくらいに、どうしようもなく仕方のない子だなぁ。
一瞬私が誰を抱きしめているかわからなかったらしく、三人とも混迷したような言葉を交わしていたが、りんの顔が見えたらしく、安堵の吐息が耳に入る。
それからすぐにまさひこ君が「何があったか聞いてくる。」と言ってどこかに行ってしまう。
やっと落ち着いて、さくちゃんとかすちゃんに「ごめんね。心配かけちゃって。」と謝ると、二人とも無言の微笑みで顔を横に振ってくれる。
真っ赤なテールランプが目に入って、そちらの方に顔を向けると、忘れ去られたように3つの旅行用のバッグが置き去りにされているのが目に入った。
りんの旅行バッグだ。
その隣のにも。ちょこっと離れたもう一つにも見覚えがある。
そして、何があったのかを理解してしまう。
肩が震える。
りんを強く抱きしめる。
涙がまた溢れる。
それは嬉しさから来るものじゃない。
それは悲しさから来るもので。
二人が慌てて「どうしたの?」と心配してくれた。
でも、それに答えられずに泣いた。
ただただ泣いた。
それからどれくらい泣いただろう?
気がつけば、まさひこ君と警察の人がいて。
おじさんとおばさんが亡くなったことを口にした。
それから、りんが心配だと言って「病院に連れて行きます。付き添いますか?」と聞かれて、それに私は頷いて、りんと一緒に車に乗せられて病院へと向かった。
泣き続けていたりんは落ち着いたのか「ひー。えっぐ。ごめん、ね。」としゃっくり混じりに私に謝る。
「うぅん。大丈夫だよぉ。」
そう頭を撫でながらに返す。
それが、今の私がりんにしてあげられる精一杯のことだった。
「ひっぐ。ここ、どこ?えっぐ。おなかすいたよぉ。」
「病院。そうだよねぇ。サンドイッチ以外なんにも食べてないもんね。ちょっとコンビニで何か買ってくるね。」
りんの疑問と要求にそう答ると、りんを抱きしめていた手を放して、私は立ち上がろうとした。
でも、放した手をりんが両手で『ぎゅっ』と抱きしめて。
「ひー。ひっく。おねがい、ひとりに。えっぐ。しないで。ひっぐ。」
そう弱々しくお願いされてしまい、私は少し悩んでしまう。
もちろん、りんが迷惑だから悩むんじゃない。
りんに何か食べさせてあげたいし、りんの傍にも居てあげたい。だから、どうしても悩んでしまうのだ。
でも、よく考えてみれば簡単なことかも。
そう思って「一緒にコンビニ行こっか」とりんに微笑むと、りんは俯きがちに頷いて、私と一緒に立ち上がる。
病室を出て、ナースセンターを通り過ぎようとすると「ちょっと、桜坂さん。困ります、患者さんを連れてこんな時間にうろつかれては。」やはり呼び止められてしまった。
でもなんでりんじゃなくて、私の苗字なんだろ?と思いながら振り向くと、そこに居た人には見覚えがあった。
たしか、りんを病室に連れて行くときにいた看護婦さんだ。
腕を抱きしめるりんの手に力が入るのがわかる。
「大丈夫だから。」
そう言って頭を撫でながら、ナースセンターの方に近づき「すいません。でも、りん朝食のあとなんにも食べてなくて。ちょっとコンビニに行きたいんです。」と勝手なお願いとはわかっていても、そうお願いせざる終えない。
「でしたら、桜坂さんだけでお願いします。」
当たり前ながらそう厳しい顔で返されて、りんの手に更に力が入る。
「でも、りんが一人になりたくないって言ってて。ダメですか?」
そう私が理由を言うと、仕方ないという顔をして「菫さん。私は彼女達に付き添ってコンビニに行って来ますので、少しの間お願いします。」と奥にいる看護婦さんに一言かけて「さあ、はやくコンビニに行きましょう」と先程とは打って変わって優しい笑顔で私たちに言う。
「ありがとうございます。」
そう答えて、私たちは看護婦さんと一緒に病院をあとにした。
外に出ると五月特有の澄んでいて澄み切れないような夜気が私の頬を撫でる。
そして、いつもとは違う立ち位置―りんが怯える少女のように私に抱きついて歩く。
りんが落ち込む理由も、りんを励まさなきゃいけないこともわかる。だけどどうしたらいいんだろ?
いつもの私なら、どうやって励ますんだろう?にっこりと笑って?優しく微笑んで?それとも、まさひこ君みたいにふざけて?
いつもりんに甘えてばっかりで、助けてもらってばっかりで。
もしかしたら、りんを励ましたり元気付けたりしたことなんてないのかもしれないなぁ。
そんな風に頭を回していると、答えの出ないままコンビニに着いてしまった。
吐き出したい溜息を無理矢理に噛み殺して、仕方なくコンビニに入る。
いつも、人前でなくても恥ずかしいと言っているりんは、私から離れようとせず、むしろ反対にぎゅっと抱きしめてくる。
怯えるように。縋るように。
私はそんなりんに「なにが食べたい?」と耳打ちで話しかける。そしてカゴの中に食べたい、飲みたいと言われたものを入れていく。
でも、その食べ物は全部サンドイッチだった。
少し栄養のバランスが不安になったけど、多分おばさんが最後にりんに作ってくれたごはんだったから、サンドイッチを選んでいるんだと思う。
そうして一通り入れ終わったところで「あ、言い忘れてた。ここの食べ物、消費期限気をつけないとお腹壊すからね~。唯一の店員がずぼらで無気力だからさぁ~」と看護婦さんがケタケタと笑いながらに口にした。
どういう意味なんだろ?そう思いながら、カゴの中のサンドイッチを手にとって私は驚愕した。
四月十七日。それは、既に十日以上も消費期限を超過していて、正に開いた口が塞がりそうにない。
顎なんか外れちゃうんじゃないかな?そもそもなんでこんなものが?それ以前にここは本当にコンビニなのかなぁ?さっきだけど、2000年ってでかでかと書かれた雑誌あったし。十年前だし。と、とりあえず、サンドイッチを他のに変えよう。
