そんな退屈な話が終わり、やっと私とひーは解放された。
そして私たちが教室から出ると『待ってました!』という顔のカスと『カスの妹であることにもう耐えられない』と言いたそうな顔のさくちゃんが居た。
多分カスがまた『ひーちゃん命~!』とか言いながら写真を出して『ねぇねぇ君ぃ~この子ひーちゃんって言うんだけど、可愛いくない?可愛いよねぇ。アタシの命なのぉ~!』と言いふらしたりしていたのだろう。
「や~ん。ひーちゃん逢いたかったよぉ。あ、リンパ腺は先に帰っていいよ?」
ひーに抱きつくとともにカスは私に酷い言葉を浴びせる。まあ、彼女にとっては興味のない相手、もしくは興味のある相手の親しい人に対する挨拶みたいなものの為、もう慣れてしまってはいる。だけど今朝のように頭にくることだってもちろんある。
「カス姉。りんさんに謝ってください。」
そしてその姉を叱責する妹も見慣れてしまった。勿論、腕をひねるおまけつきなところも。
「いーやーだー!アタシ悪くないもん!ひーちゃんといっつもベタベタしてるバッファのマークの風邪薬バッファリンが悪いぃ~!」
カスは痛いのを堪えながら意味不明な抗議を始める。
当たり前ながら、自然と周囲の視線は集まる。
その視線がカスに集まればいいのだが、言っていることの内容上、私に向く視線のほうが多い。尚且つその視線は『やっぱり』と言いたげなもので「ちょっとマテ!私ひーとベタベタなんて!」と耐え切れずに声を上げてしまう。
だけどひーが「えぇ?違うのぉ?」と『違うよね?そうだよね?事実だよね?むしろ真実だよぉ!』と言いたげな声を上げる。
結果、周囲の視線とざわめきは止まる所を知らず、私はそのままうなだれることとなってしまう。
あぁ、いつも思うことだけど「泣きたい」本当に。
「えぇ~!?何か嫌なことあったの?まさか、まさひこ君に何かされた?」
ひーになぜ泣きたいかを話したいけど、多分無駄だろうなぁ。
「りんさん、すいません。」
カスの発言で現状に至ったにもかかわらず、さくちゃんが謝ってくれる。
「ううん、いいよ。ひーやカスのうわ言や世迷い言には慣れてるつもりだから。」
泣きたいけど。
そう答えて、私は階段の方に足を進め始める。
それを見たひーが「あ。待ってぇ」と声を上げながら抱きついてきて、私はそれをコツンと叩く。
「ほんと、相変わらずですね。」
クスクスと笑いながらさくちゃんが私に冷やかしの言葉を投げる。
「じゃあ、なんだったら代わってあげようか?」
そう冗談めかしに聞くと「はい、喜んでお受けしますよ?」と返されて、私は少しの焦りを感じた。
そして二秒後くらいにやっと気付く。
「やぶ蛇だったわけね。」
「あれ?ばれましたか。」
そう、さくちゃんはさきほどまでの憂さ晴らしに私で遊んでいたのだ。
どうせならこっちを謝って欲しい。
「あー!ずるいずるい!どうせ代わるんならアタシに!ひーちゃんのことはアタシが一生面倒見るんだからぁ!」
自己主張120%で会話に参加してくるカスを「いや、あんたには天地がひっくりかえっても代わらないから。」そうあしらいながら、腕に巻きつくひーを離れさせるのが面倒な為、そのまま私は三人を連れて学校を後にした。
帰りの電車内は結構すかすかで、私たちは4人掛けの席に座っていつものようにお喋りに花を咲かせる。
「明日からゴールデンウィークですねぇ」
という何となしなさくちゃんの一言から始まり、それにひーはわざとらしく目をうるうるさせながら「さくちゃん聞いてよぉ~。りんったら、私をおいて遠いところに行っちゃうんだよぉ~」とぼやいた。
そして私はというと、その言葉がまるで私が天国か地獄にでも逝くような内容な為「こら。まるで私が死ぬみたいじゃない。」とひーの頭を小突きながらツッコミを入れる。
すると、私のツッコミを完全に無視してしめしめと言わんばかりの顔をしたカスが「そうかそうか!ついに逝ってくれるのかぁ!大丈夫、ひーちゃんのことはアタシに任せて、迷わず逝けよ、グリセリン!」そう私に大声で告げる。
いくらすかすかな電車内でも、多少は人はいる。そして当たり前ながら、その大声に視線は集まるものだ。
その結果カスは、
「カスちゃん五月蝿い。」
そうひーに言われて涙目となり、
「カス姉静かにしてください」
と妹に言われると共に腕を捻られて、綺麗にキメられ涙を流しながら「ギブ、ギブぅ!」と叫ぶこととなった。
「まさに四面楚歌ね。」
本来味方であるべき妹すらもが敵となってしまう始末なカスにそう告げると、まるで見計らった様に電車がスピードを落とす。
緑ヶ丘~緑ヶ丘~。降り口は右側です。御忘れ物のないようにご注意下さい。
相変わらずなアナウンスが流れ、電車は駅のホームへと入る。
「それじゃ、さくちゃんゴールデンウイーク明けにまた会おうね。」
私が席を立ちながらそう言うと、降りるべき駅に着いたことに気がついていなかったひーは慌てて鞄やらを引っつかみ「それじゃ二人ともまたね~」と言って立ち上がる。
「はい。りんさん、ひーさんゴールデンウイーク明けにまた。」
そうさくちゃんは落ち着き払った風に返してくれたが、カスはというと「ひーちゃんと5日も会えないなんてやだぁー!泣くー!叫ぶー!死ぬー!」とだだをこねながらさくちゃんにさらに腕をきつくキメられていた。
私とひーはそれを笑いながら、電車を降りた。
そして、私達は電車の外から二人に手を振り駅のホームをあとにした。
夕暮れに染まる大通り。
いつものように二人で帰る道のりは、いつもよりもちょっとだけ長い気がしてしまう。
ひーが喋らないと、基本的に私はなにも言わない。
だから、たまにあるこの静けさが訪れてしまう。
実際、私の悪いところの一つだ。
街の喧騒の中を、二人でただ歩いて行く。
いつもなら、お店の前で足を止めて『きゃーかわいぃ~』と声をあげるひーは私の隣で、何故か黙ってしまっている。
なんとなく。本当になんとなくひーのことが気になり、横目で見遣ると、そこには誰もおらず、私は拍子抜けしてしまった。
そしてひーを捜して後ろを振り向けば、お店の窓ガラスの前で目をキラキラさせているひーがいた。
それは今まさに人形をショーウインドー越しに見て「きゃーかわいぃ~」と叫んでいる真っ只中である。
もちろん、周りの人はひーに注目気味な上、その目は宇宙人でも見るかのようで、私は一気に恥ずかしくなってしまう。
「こ、こら!ひー!さっさと帰るよ!」
私はその恥ずかしさを堪えきれずにそう声を上げる。
しかしひーはこちらを見るなり『あと、もうちょっとだけぇ~』と言いたげな顔を私にして、すぐにショーウインドーの方に目を戻してしまう。
私は呆れて溜息を吐いて、ひーの目の前まで行くと「ほら、ひー帰るよ!」私はそう声をあげてひーの襟首を引っつかみ、ショーウインドーから引っ剥がす。
「りん~。あのクマさん買ってぇ~!」と駄々っ子をするひーを引きずりながら、私はひーに未だに宇宙人を見るような目をしている連中を睨みつけて、改めて帰路についた。
大通りから小道に入ると「ニャ~。」と『おかえり』とでも言うかのようにけだるげなネコが塀の上から声をかけてくる。
ひーはそれに「ただいま~」と柔らかな微笑みで返したが、私はというと『ふいっ』と手で挨拶をするだけに終わる。
私はそのまま小道を家へ家へと歩いて行くが、足音が一つ足りないどころか「明日からゴールデンウイークだから一緒にひなたぼっこしようねぇ~」と後方からネコに話し掛けているひーの間の抜けた言葉が聞こえ、後ろを振り返った。
おかしい。今の時点でひーとの間にできた空間は丁度10mといったところだろうか?
普段ならそれくらい離れると『あ。りん待ってぇ~』と声を上げて駆け寄ってくるはずなのに、さっきからなにかおかしい。
私はひーの傍へと駆け寄り、額に手を当てる。
「り、りん。なに?」とひーは目を丸くして驚いているが、熱がないことがわかると、
「何?じゃない!さっきから気色悪い。熱はないみたいだし、なにか悪いものでも食べたの!?あんた昔よく拾い食いとかしてたから、今もやってんじゃないでしょうね!?」
そう私は一気に思っている事を口にだしてしまう。
すると、目の前にいるひーは「りんが私を置いて東京にいっちゃうから、少しでも一緒に居たかったのぉ~!」といつもとは違う男性のような声で言う。むしろ三十代後半のおじさんっぽい声だ。
そして、ひーの不可解な行動の答えが出てしまった。
「お父さん。気色悪い。」
そうボソリと言うと、ひーの後ろ側にある電柱から、優しそうな眼鏡をかけた人が「あはは。冗談冗談」と笑いながら出て来る。
これが私の大好きなお父さんだ。
悪ふざけが過ぎるとこがあって、すぐお母さんに怒られたりするけど、二人とも本当に仲良しだ。
そして、ひーの行動がいつもと違ったのは、恐らく駅を出た辺りからこっそりと追いてきているお父さんに気付いていたからだろう。と言っても、半分は自分の欲求に負けていたのだろうけど。
「おかえり。」と私が言うと、それに続いてひーが「おじさん、お久しぶりです」と挨拶する。
「ただいま。ひー君久しぶりだねぇ。元気にしてたかなぁ?」
そうお父さんは嬉しそうに返す。
私はこっそり「お父さんついて来てるなら、そう言ってよ。」とひーに耳打ちでぼやく。
「誰かに見られてる気はしてたけど、おじさんだなんて気がつかないよぉ。」
こっそりとひーに不平を返され、私は「たしかに。」と同感の言葉を返し、お父さんに「明日の電車って、十一時だったよね?」と聞く。
それに「たしかそうだけど。それがどうかしたのかい?」とお父さんはそう答えて、頭にさっぱりと書かれた扇でも出しているかのような顔をする。
「じゃあ、十時くらいまでひーと遊んでてもいいよね?」
私はしなを作ってお父さんにお願いする。
これは、娘の特権と言うやつだ。
「うん。幼馴染は大切だもんな。十時半までに駅に来れば問題ないから、それまで大いに遊びなさい」
そうお父さんは『関心関心。』という笑顔で、私にお許しの言葉を言い渡す。
するとひーは、私の袖を『クイックイッ』と引っ張って、私に顔を向けるように催促する。
私が顔を向けると「ありがと。」と短く言って、私から離れて『テッテッテ』っと家のほうへと駆けていく。
変なひーだ。
それが私の純粋な感想である。
幼馴染との時間を大切にするのは、普通のことだと思う。
それは、家族云々、彼氏彼女云々抜きで大切にすべきことだと私は思うのだ。
そのあと、私とお父さんは一緒に家へと帰って「ただいま~」と二人でお母さんに帰宅の言葉を言う。
そしてお母さんは優しい笑顔で「おかえり」と一言だけ言ってくれた。
そして私たちが教室から出ると『待ってました!』という顔のカスと『カスの妹であることにもう耐えられない』と言いたそうな顔のさくちゃんが居た。
多分カスがまた『ひーちゃん命~!』とか言いながら写真を出して『ねぇねぇ君ぃ~この子ひーちゃんって言うんだけど、可愛いくない?可愛いよねぇ。アタシの命なのぉ~!』と言いふらしたりしていたのだろう。
「や~ん。ひーちゃん逢いたかったよぉ。あ、リンパ腺は先に帰っていいよ?」
ひーに抱きつくとともにカスは私に酷い言葉を浴びせる。まあ、彼女にとっては興味のない相手、もしくは興味のある相手の親しい人に対する挨拶みたいなものの為、もう慣れてしまってはいる。だけど今朝のように頭にくることだってもちろんある。
「カス姉。りんさんに謝ってください。」
そしてその姉を叱責する妹も見慣れてしまった。勿論、腕をひねるおまけつきなところも。
「いーやーだー!アタシ悪くないもん!ひーちゃんといっつもベタベタしてるバッファのマークの風邪薬バッファリンが悪いぃ~!」
カスは痛いのを堪えながら意味不明な抗議を始める。
当たり前ながら、自然と周囲の視線は集まる。
その視線がカスに集まればいいのだが、言っていることの内容上、私に向く視線のほうが多い。尚且つその視線は『やっぱり』と言いたげなもので「ちょっとマテ!私ひーとベタベタなんて!」と耐え切れずに声を上げてしまう。
だけどひーが「えぇ?違うのぉ?」と『違うよね?そうだよね?事実だよね?むしろ真実だよぉ!』と言いたげな声を上げる。
結果、周囲の視線とざわめきは止まる所を知らず、私はそのままうなだれることとなってしまう。
あぁ、いつも思うことだけど「泣きたい」本当に。
「えぇ~!?何か嫌なことあったの?まさか、まさひこ君に何かされた?」
ひーになぜ泣きたいかを話したいけど、多分無駄だろうなぁ。
「りんさん、すいません。」
カスの発言で現状に至ったにもかかわらず、さくちゃんが謝ってくれる。
「ううん、いいよ。ひーやカスのうわ言や世迷い言には慣れてるつもりだから。」
泣きたいけど。
そう答えて、私は階段の方に足を進め始める。
それを見たひーが「あ。待ってぇ」と声を上げながら抱きついてきて、私はそれをコツンと叩く。
「ほんと、相変わらずですね。」
クスクスと笑いながらさくちゃんが私に冷やかしの言葉を投げる。
「じゃあ、なんだったら代わってあげようか?」
そう冗談めかしに聞くと「はい、喜んでお受けしますよ?」と返されて、私は少しの焦りを感じた。
そして二秒後くらいにやっと気付く。
「やぶ蛇だったわけね。」
「あれ?ばれましたか。」
そう、さくちゃんはさきほどまでの憂さ晴らしに私で遊んでいたのだ。
どうせならこっちを謝って欲しい。
「あー!ずるいずるい!どうせ代わるんならアタシに!ひーちゃんのことはアタシが一生面倒見るんだからぁ!」
自己主張120%で会話に参加してくるカスを「いや、あんたには天地がひっくりかえっても代わらないから。」そうあしらいながら、腕に巻きつくひーを離れさせるのが面倒な為、そのまま私は三人を連れて学校を後にした。
帰りの電車内は結構すかすかで、私たちは4人掛けの席に座っていつものようにお喋りに花を咲かせる。
「明日からゴールデンウィークですねぇ」
という何となしなさくちゃんの一言から始まり、それにひーはわざとらしく目をうるうるさせながら「さくちゃん聞いてよぉ~。りんったら、私をおいて遠いところに行っちゃうんだよぉ~」とぼやいた。
そして私はというと、その言葉がまるで私が天国か地獄にでも逝くような内容な為「こら。まるで私が死ぬみたいじゃない。」とひーの頭を小突きながらツッコミを入れる。
すると、私のツッコミを完全に無視してしめしめと言わんばかりの顔をしたカスが「そうかそうか!ついに逝ってくれるのかぁ!大丈夫、ひーちゃんのことはアタシに任せて、迷わず逝けよ、グリセリン!」そう私に大声で告げる。
いくらすかすかな電車内でも、多少は人はいる。そして当たり前ながら、その大声に視線は集まるものだ。
その結果カスは、
「カスちゃん五月蝿い。」
そうひーに言われて涙目となり、
「カス姉静かにしてください」
と妹に言われると共に腕を捻られて、綺麗にキメられ涙を流しながら「ギブ、ギブぅ!」と叫ぶこととなった。
「まさに四面楚歌ね。」
本来味方であるべき妹すらもが敵となってしまう始末なカスにそう告げると、まるで見計らった様に電車がスピードを落とす。
緑ヶ丘~緑ヶ丘~。降り口は右側です。御忘れ物のないようにご注意下さい。
相変わらずなアナウンスが流れ、電車は駅のホームへと入る。
「それじゃ、さくちゃんゴールデンウイーク明けにまた会おうね。」
私が席を立ちながらそう言うと、降りるべき駅に着いたことに気がついていなかったひーは慌てて鞄やらを引っつかみ「それじゃ二人ともまたね~」と言って立ち上がる。
「はい。りんさん、ひーさんゴールデンウイーク明けにまた。」
そうさくちゃんは落ち着き払った風に返してくれたが、カスはというと「ひーちゃんと5日も会えないなんてやだぁー!泣くー!叫ぶー!死ぬー!」とだだをこねながらさくちゃんにさらに腕をきつくキメられていた。
私とひーはそれを笑いながら、電車を降りた。
そして、私達は電車の外から二人に手を振り駅のホームをあとにした。
夕暮れに染まる大通り。
いつものように二人で帰る道のりは、いつもよりもちょっとだけ長い気がしてしまう。
ひーが喋らないと、基本的に私はなにも言わない。
だから、たまにあるこの静けさが訪れてしまう。
実際、私の悪いところの一つだ。
街の喧騒の中を、二人でただ歩いて行く。
いつもなら、お店の前で足を止めて『きゃーかわいぃ~』と声をあげるひーは私の隣で、何故か黙ってしまっている。
なんとなく。本当になんとなくひーのことが気になり、横目で見遣ると、そこには誰もおらず、私は拍子抜けしてしまった。
そしてひーを捜して後ろを振り向けば、お店の窓ガラスの前で目をキラキラさせているひーがいた。
それは今まさに人形をショーウインドー越しに見て「きゃーかわいぃ~」と叫んでいる真っ只中である。
もちろん、周りの人はひーに注目気味な上、その目は宇宙人でも見るかのようで、私は一気に恥ずかしくなってしまう。
「こ、こら!ひー!さっさと帰るよ!」
私はその恥ずかしさを堪えきれずにそう声を上げる。
しかしひーはこちらを見るなり『あと、もうちょっとだけぇ~』と言いたげな顔を私にして、すぐにショーウインドーの方に目を戻してしまう。
私は呆れて溜息を吐いて、ひーの目の前まで行くと「ほら、ひー帰るよ!」私はそう声をあげてひーの襟首を引っつかみ、ショーウインドーから引っ剥がす。
「りん~。あのクマさん買ってぇ~!」と駄々っ子をするひーを引きずりながら、私はひーに未だに宇宙人を見るような目をしている連中を睨みつけて、改めて帰路についた。
大通りから小道に入ると「ニャ~。」と『おかえり』とでも言うかのようにけだるげなネコが塀の上から声をかけてくる。
ひーはそれに「ただいま~」と柔らかな微笑みで返したが、私はというと『ふいっ』と手で挨拶をするだけに終わる。
私はそのまま小道を家へ家へと歩いて行くが、足音が一つ足りないどころか「明日からゴールデンウイークだから一緒にひなたぼっこしようねぇ~」と後方からネコに話し掛けているひーの間の抜けた言葉が聞こえ、後ろを振り返った。
おかしい。今の時点でひーとの間にできた空間は丁度10mといったところだろうか?
普段ならそれくらい離れると『あ。りん待ってぇ~』と声を上げて駆け寄ってくるはずなのに、さっきからなにかおかしい。
私はひーの傍へと駆け寄り、額に手を当てる。
「り、りん。なに?」とひーは目を丸くして驚いているが、熱がないことがわかると、
「何?じゃない!さっきから気色悪い。熱はないみたいだし、なにか悪いものでも食べたの!?あんた昔よく拾い食いとかしてたから、今もやってんじゃないでしょうね!?」
そう私は一気に思っている事を口にだしてしまう。
すると、目の前にいるひーは「りんが私を置いて東京にいっちゃうから、少しでも一緒に居たかったのぉ~!」といつもとは違う男性のような声で言う。むしろ三十代後半のおじさんっぽい声だ。
そして、ひーの不可解な行動の答えが出てしまった。
「お父さん。気色悪い。」
そうボソリと言うと、ひーの後ろ側にある電柱から、優しそうな眼鏡をかけた人が「あはは。冗談冗談」と笑いながら出て来る。
これが私の大好きなお父さんだ。
悪ふざけが過ぎるとこがあって、すぐお母さんに怒られたりするけど、二人とも本当に仲良しだ。
そして、ひーの行動がいつもと違ったのは、恐らく駅を出た辺りからこっそりと追いてきているお父さんに気付いていたからだろう。と言っても、半分は自分の欲求に負けていたのだろうけど。
「おかえり。」と私が言うと、それに続いてひーが「おじさん、お久しぶりです」と挨拶する。
「ただいま。ひー君久しぶりだねぇ。元気にしてたかなぁ?」
そうお父さんは嬉しそうに返す。
私はこっそり「お父さんついて来てるなら、そう言ってよ。」とひーに耳打ちでぼやく。
「誰かに見られてる気はしてたけど、おじさんだなんて気がつかないよぉ。」
こっそりとひーに不平を返され、私は「たしかに。」と同感の言葉を返し、お父さんに「明日の電車って、十一時だったよね?」と聞く。
それに「たしかそうだけど。それがどうかしたのかい?」とお父さんはそう答えて、頭にさっぱりと書かれた扇でも出しているかのような顔をする。
「じゃあ、十時くらいまでひーと遊んでてもいいよね?」
私はしなを作ってお父さんにお願いする。
これは、娘の特権と言うやつだ。
「うん。幼馴染は大切だもんな。十時半までに駅に来れば問題ないから、それまで大いに遊びなさい」
そうお父さんは『関心関心。』という笑顔で、私にお許しの言葉を言い渡す。
するとひーは、私の袖を『クイックイッ』と引っ張って、私に顔を向けるように催促する。
私が顔を向けると「ありがと。」と短く言って、私から離れて『テッテッテ』っと家のほうへと駆けていく。
変なひーだ。
それが私の純粋な感想である。
幼馴染との時間を大切にするのは、普通のことだと思う。
それは、家族云々、彼氏彼女云々抜きで大切にすべきことだと私は思うのだ。
そのあと、私とお父さんは一緒に家へと帰って「ただいま~」と二人でお母さんに帰宅の言葉を言う。
そしてお母さんは優しい笑顔で「おかえり」と一言だけ言ってくれた。
