『昔々、あるところに』

 歌うように話し始めたのは黒ずくめの男。

『二人のお姫様を守る騎士様がいました』

 夕焼け空の帰り道。

 公園で転んだところを助けてくれた男に、まだ幼かった私は無垢な好奇心を向ける。

「お姫様?」

『そう、とてもかわいらしいお姫様だ。ただ、お姫様は魔法使いでもあった』

 黒いタートルネックに黒いズボン。

 黒髪の男は、今思えばまだ年若く『青年』の部類だろう。

『一人は、白い騎士。もう一人は黒い騎士。二人はお姫様が魔法を使わないように守らなければならなかった』

「どうして?」

 思い出せるのは、わずかに笑みの形に歪む口許。

『お姫様が、死ぬかもしれないからね』

 魔法はとても難しいんだ、と青年は言った。

『でもある日、お姫様はふとしたきっかけで大きな魔法を使ってしまった』

 もうすぐ、自分の家が近い。

 私は足を止めて振り返った。

「どうなったの?」

『白い騎士がお姫様を守ろうとして、黒い騎士は魔法を止めようとした。彼は何も傷つけずに全てを守ろうとしたんだ』

 一瞬、彼は遠い目をした。

『黒い騎士はね。その魔法の力を全て、自分の中に閉じ込めたのさ』