「草野さん」

「ん?」


子供の話を聞くように、微笑んだ。

そう、僕は子供なのだ。
そして彼女も子供だ。

だけど、彼女は僕よりも大人だ。
そして本当は優しい人だ。
他人が傷付く姿を見るのが、すごくすごく辛いのだ。


「僕に何か出来るかな?」


心から笑った顔が見たい。

手を伸ばして、手すりに乗せられた草野さんのそれと重ねてみた。 冷たかった。


「無理しなくていいよ。 下手に動くと君が危うくなるし。 舞洲のイノシンみたいな勢いに逃げたくなるでしょ?」


正しいけど、歯に衣着せて欲しかった。


「でもさ、吉永の前にも二人、あんな風にイジメに遭って転校してんだよ」

「…………舞洲も舞洲だけど、吉永もちょっと意固地だからね」

「意固地?」


草野さんの言った言葉の、意味が解らなかった。 吉永の何処が意固地なんだろうか。 喋らない事だろうか。


「吉永は喋れるよ。 別に失語症とかじゃないし、声にコンプレックスがある訳でもない。
 ただ、自分に似てると思った人間にしか心を許さないだけだよ」

「――――どういう事?」


草野さんは何も答えず、微笑みながら肩を竦めるだけだった。 手を握る力を強くしてみたが、「痛いよ」と言われただけだった。


「吉永はイジメなんかで転校したりしないよ。 ――――そこまで繊細じゃないっていうか、………えーっと、まあいいや」


何か知ってるような言い方だ。
「何か知ってんの?」と質問したが、やはり答えなかった。 また肩を竦めただけだ。

僕は彼女の態度に少し苛ついた。 隠された“何か”を知ってるのに話さない。 不思議そうに僕が訊くのを、思わせぶりに笑って避ける。 鋭くて聡明な彼女にではなく、馬鹿で鈍感な自分に苛ついた。

そして「君の彼氏だから、僕にその秘密を言うべきだ」と思う、自分のエゴに呆れた。

僕らは並んで立ったまま、しばらく黙ってた。


「あと10分で昼休みが終わるよ」


静寂を破った草野さんの言葉は、どうも素っ気なくて寂しく感じた。 離れたくないと強く思うのに比例して、手を握る力が強くなる。

このまま、学校をサボって何処かへ彼女を連れて行きたい。 抱き締めてキスして、何回も。


「今日は何時間?」

「五時間だよ」

「図書館に居るから、終わったら来てくれる?
 ご飯でも食べに行こう」


女性らしい笑みを浮かべ、僕の頭を優しく撫でると、草野さんは早足で屋上から立ち去った。 場合によっては置いてけぼりで寂しいとか思うのだが、この時は違った。 学校が終わったら一緒に居られる。 よくある恋人同士で、手をつないで街を歩ける。




すでに、世界の中心に彼女が位置している。 彼女が笑えば嬉しくなるし、彼女が泣けば悲しくなる。 彼女の肌を撫でれば世界一幸せだと思えるし、一緒に居るだけで怖いものがなくなる。