「ごめんってば。 とにかく戻るよ」


少女の右腕を掴むと、無理やり元来た道を戻ろうと歩き出した。 少女はそれを振り解く事も出来ただろうが、無抵抗のまま黙って腕を引かれて歩いていた。 唇を真一文字に結んで、真っ直ぐに前を見据えている。


「何で怒ってるわけ」

「怒ってない」

「いや、完璧怒ってるじゃん」

「恵美って誰ですか」


それを訊かれるとは思って無かった。 冗談かと思ったが、彼女の目はふざけてなかった。 本気だった。


「オジサンが言ってた“カノジョ”って、つまり恋人なんですか?」

「…………な、」

「どうなんですか」


少女は必死な様子で訊いてくるが、僕は逡巡した。
何故そんな事を真剣に訊かれるのかが、まず解らない。 そもそも、彼女はそれを怒っていたのか? その理由も解らなかった。

なので訊き返した。 ごくシンプルに。


「それを、なんで気にするの?」

「…………」

「関係無いじゃん。 っていうか、僕が前、君に酷い事言ったのを気にしてるん、……だよね?」

「………………あれ?」


少女の顔が、何でだ? というような表情になった。


「確かに関係無いな。 何の意味も無いな」

「でしょ?」


口元に手を当て、困惑したように顔をしかめ、そして独り言のように呟いた。


「そうだよね、うん。 …………解んないな、まあいっか。
 ――――そうだ帰ろうさようならおやすみなさい」


最後は句読点無しに早口に言うと、訳の解らないまま歩を緩めた僕の手を振り解き、少女は商店街の方へ戻って行った。


「…………は?」


その小さな背中を見ながら、僕は立ち尽くした。

姿が見えなくなっても、立ち尽くした。