探るように、ほんの少し、顔を近付けた。 彼女も顔を上げ、ほんの少し顔を近付けてくる。

何をしたいのか、よく解ってる。 だけどそれを自然にしようにも、心が邪魔する。

乱暴にしてしまいたいと思う一方で、ゆっくりと紳士的にしたいとも感じた。 彼女の顔が近付く度、逃げ出したい衝動に駆られた。 でももっと近づきたかった。


我ながら物凄く鼻息が荒くなっていた。 かなりの至近距離で、彼女の鼻息も僕の顔に当たった。 嫌じゃなかった。


とうとうキスした時、死ぬかと思った。

柔らかいものが唇に当たって、内側から脳髄を突き上げるような感覚を味わった。 直前までDVDの音声や空調の音が、うるさい位に鼓膜を震わせていたのに、唇が重なった瞬間無音になった。
心臓が動いているのか止まっているのかすら解らなかった。

感じ方は人それぞれだと思うが、僕にはこれが、とんでもなく尊いものに感じられた。

ちゅっ、と音を立てて唇が離れると、彼女の両腕が僕の肩に回された。


半開きになった彼女の口から、吐息が漏れた。 とても熱かった。
どうしてか、彼女は切なそうな表情だった。 恐らく僕も同じだと思う。 胸が雑巾を絞ったように痛んだ。

再度唇を重ねると、その痛みが消えた。
僕は彼女の肩に乗せていた右手を下ろし、腰に回して引き寄せた。 左腕も腰に這わせ、さらに引き寄せた。
倒れそうになりながらも何とか耐えた。 両足を開いて片足をソファーに乗せると、彼女は僕の足の間に体を納め、密着してきた。

何時の間にか互いの舌が絡み合っていた。 時折、湿った呼気が口の端から漏れ出す。


生まれて初めての経験のはずなのに、本能はどうすれば良いのか、ちゃんと解ってるようだった。 僕の唾液と彼女のそれが混ざって喉に流れ込んでくる。 それを飲み込みながらも舌を絡め続けた。

喉の奥を突くように舌を突き出すと、彼女が苦しげに声を出した。 その反応が嬉しくて、もっと舌をねじ込んだ。 彼女の手が藁にすがるように僕の後ろ髪を掴んだが、痛いとは思わなかった。


一生離れなくても平気だと思ったが、やがて彼女の方から唇を放した。


「苦しい、バカ」と肩で息をしながら言って、可愛らしく僕を睨んだ。 心なしか涙目である。 僕が謝ると、甘えるように「んー」と喉を子猫みたいに鳴らしながら擦り寄ってきた。
遠慮も緊張も無くなった僕は、彼女の体を思い切り抱き締めた。 髪の毛に鼻を埋めた。 さっきも嗅いだシャンプーの甘い香りが脳に伝達され、気が遠くなりそうな感覚を覚えた。


互いの腕が、しっかりと相手を抱き締めている。 彼女の心臓の鼓動を自分の右胸で感じた。

そして嫌でも、自身の下腹部に熱が集中しているのを感じた。