いつの間にか、僕は草野さんの手を力いっぱい握ったまま、引っ張りながら歩いていた。 草野さんはもう何も言わず、ただ一緒に歩いてくれた。


「僕ね、草野さんが好きだよ」


商店街の出口が見えてきた。
周りの店はとっくに閉店しており、人の気配もなかった。 商店街を出ると大きな道路があり、そこを右に曲がってしばらく歩くと、公園がある。 小学生の頃は、よくそこで遊んでいた。 とりあえずそこに向かうか、と僕は考えた。


「知ってるよ」


穏やかな風が、僕の頬を撫でる。 冬なのでそれが心地良いなんて事はなく、むしろ刺々しい感覚を僕に与えた。


「知ってるし、――――ちゃんと君に応えようと思ってるよ」


じゃあ、草野さんも僕が好きなの?

訊いてみたかったけど、怖くて口に出せなかった。


「函南くんと居ると楽しいし、話も合う。 それに、君の弾くギター、好きだよ」


本当は僕よりもはるかにギターが上手いクセに。 草野さんの方がずっと凄いクセに。

どうしたら良いのか解らなかった。 このまま彼女を抱き締めて、キスして、そこら辺のホテルにでも連れて行きたい気分だった。 無理やりにでも。

でも、そんな事したくない。
草野さんはそう簡単に人を嫌うような人ではない。 ―――と思う。 でも、きっとそういう事をしたら、彼女を傷付けてしまう。 ――――多分。


この期に及んで、彼女の事をほとんど理解出来てない事実に胸がえぐれた。 あんなに沢山会話して、笑ったけれど。

自分自身の事を話していたのは、僕だけだった。 それに、会話全体の七割は僕が話して、彼女が聞いていた。

それに、会話だけでは理解出来ない部分もあるだろう。


なのに草野さんは僕を理解している。 僕よりも僕を理解しているかもしれない。
そして笑う。 自分の中身は隠して、笑う。

僕は彼女に何もしてやれないのだろうか。 彼女は僕に何も期待してないのだろうか。


「どうしたの?」


彼女が驚いたように訊く。 きっちり三秒後に、僕の目から涙が出た。 どうして涙が出る前に泣くと解ったのだろう。


いつの間にやら公園の前を通り過ぎていた。 今度は彼女が僕を導くように手を引き、僕は素直について行った。


「帰り、遅くなっても大丈夫?」

「…………ん」


鼻を啜りながら答えた。 どこに連れて行くつもりなんだろう。 地獄だろうか天国だろうか。

僕はただ、肩まで伸びた彼女の髪の毛が風にフワリと舞い上がるのを、ボーっと眺めながら歩いていた。 風に乗って甘い香りが香った。 シャンプーだろうか。


たかがシャンプーの香りのくせに、こんなに胸を苦しくさせるなんて卑怯だと思う。