翼は再入院した勝の病室で裏山ダムを見ていた。
あの近くに陽子が居る。
そう思うだけで胸が熱くなる。


「学校はいいのか?」


「大丈夫。卒業は決まったし。結婚も決まったし」
翼は照れながら言った。


「陽子ね。お祖父ちゃんの部屋の掃除をしてから、中川に帰っているよ」


「そうか、元気になって戻って来るようにか」


「そうだよ」


「優しい娘だな。良かったな翼」

翼は頷いた。


「ところで結婚式はどうするんだ? 純子さんの話だと薫も賛成しているとか」

翼は、ためらいながら頷いた。


「母さんが、認めてくれたんだ。これで結婚出来る事にはなったんだけど」
翼は目線を離す。


睡眠薬入りコーヒーのこと。

薫は、孝がこんな行動に出たのは、陽子に隙があったと考えていた。


『コイツの目が俺を誘ったんだ』

そんな孝の言い訳を、本当のことかも知れないと、薫は思っていたのだった。


自分より眠りの深い陽子。

それこそ証拠だと思ったようだった。


陽子の隙……
それは翼を愛したため。

翼と孝の仲をこじらせたくなかったため。


だから……
翼の分のコーヒーまでも飲み干してしまったのだ。


浮気に悩まされながらも愛し続ける薫。

それが疎ましいのか、また浮気を繰り返す孝。勝だけには知られたくない秘密が日高家には充満していた。

結婚式のことなど言い出せる雰囲気ではなかったのだ。


薫が陽子と翼の結婚を承知したのは、孝に陽子を諦めさせるためだった。

放っておけば、何をしでかすか解らない孝。

その防御策だったのだ。


陽子のせいではないと解っていながら、誰かを悪者に仕立てたい薫。
それ程までに孝を愛し続ける執念。
翼は薫に空恐ろしさを感じていた。