一方茶の間では陽子が目を輝かせていた。


「これが評判の珈琲ね」
陽子はそう言いながら、ソーサーとカップを二つテーブルに並べた。


「一度だけ飲んだことがあるの。テニススクールに所属しているお友達と。本当に美味しいんだから」
陽子はワクワクしていた。

翼は陽子の楽しそうな様子を見て、そっとカップを口に運んだ。




 翼が目を覚ます。

ふと我に戻って、周りを見る。

陽子がいなかった。


(あれっ、確かさっきまでいたよな?)


玄関に行ってみると靴はそのままあった。


(嘘!? 何処に行ったんだ!?)

アチコチ探してみた。
でも何処にも陽子は居なかった。




 居間に行ってみると薫が鼾をかいて眠っていた。

薫を揺すると一旦は起きた。
でもまた眠ってしまった。


「睡眠薬?」
翼は青ざめた。


(まさか!? まさか、親父が……)


『いい娘じゃないか。翼には勿体無い。そうだ俺の女になれ。いい思いさせてやるぞ』

孝が陽子に掛けた言葉を思い出した。


「ヤバい!!」

慌てて孝の寝室に飛んで行く。




 ドアを叩く。
激しく叩く。
それでも何の返事も無い。


体当たりをしてもビクともしない。
翼は狂ったように、何度も何度も自分の体を打ち付けた。


それでも……
ドアは開かなかった。




 翼は仕方なく廊下にあった消火器を振り上げた。


凄まじい音と共に、ドアが破壊されて行く。

其処から垣間見た真実に翼は目を疑った。


陽子は下着だけ着けた状態で、ベッドの上に寝かされていた。


部屋の中では何も出来ない孝がウロウロしていた。


「お前、コーヒー飲まなかったのか?」
孝が聞く。


「コーヒー!? やっぱり睡眠薬か? 僕が父さんのコーヒーを飲めないこと知らなかった? 苦過ぎるからイヤなんだ」

翼は陽子の前に立ちはだかった。


「コイツの目が俺を誘ったんだ」
孝は苦しい言い訳を繰り返していた。




 翼が一口だけ飲んだコーヒー。

陽子が気を使って全て飲み干していた。


でも陽子の爆睡の理由はそれだけではなかった。

孝は持ち込んだコーヒーサイフォンの中にある隠し味を施したのだった。


睡眠薬だけではなかったのだ。
だから……
陽子も薫も爆睡してしまったのだった。