西武秩父線、横瀬駅。
ホームの前には、秩父の象徴・武甲山の痛々しい姿が広がる。
日本二百名山の一つに数えられるこの山も、セメント材料の採掘で年々その勇姿が失われて行く。




 木村陽子(きむらようこ)はこの駅に降りる度密かに心を痛めていた。
陽子が今まで暮らしていたのは、三峰神社の表参道・ロープウェイ入口ある大輪バス停の近所だった。
つい最近諸事情があり、母の節子(せつこ)の実家がある武州中川駅近辺に引っ越しした。
仕事変えと、節子の母の死後空き家になっていた住宅の保全のためだった。


だから知らなかった。
話には聞いていたが、その実態は見えてこなかったのだ。




 其方側には浦山口駅近くに繋がる登山道があり、山頂と標高キープの目的で採掘されていなかったからだ。だから陽子は気にしていなかったのだ。


でも西武線で短大に通うことになって横瀬駅を通り過ぎた時驚いた。
その上、姉が嫁いで堀内純子(ほりうちすみこ)となって横瀬に足繁く通うようになってから、その全貌を知るようにになったのだった。


勿論、乗り換えの御花畑駅でも垣間見える。
気になることは、なってはいたのだが……




 セメントや漆喰の材料として欠かせない石灰石。
武甲山はその宝庫だったのだ。



 『負の遺産だね』
今朝、短大のクラスメートにそう言われた。
西武池袋線の飯能駅で待ち合わせした二人だった。
何故飯能駅かと言うと、吾野駅近辺から始まるトンネルを体験するためだった。
私鉄ではその正丸トンネルが日本一だと陽子が自慢したからだった。
それなら一度行こうと言うことになったのだった。
陽子は知らなかった。
今は昭和五十年十一月二十二日に開通した新青山トンネルが私鉄の中では最長だと言うことを。
そう、その前までは確かに正丸トンネルが日本一だったのだ。




 『西武線のトンネルは私鉄では日本一の長さなんだってさ』
陽子と初めて池袋まで乗った時言った節子。
節子はこの正丸トンネルが、まだ日本で一番長いと思い続けていたのだった。
陽子はそれを覚えていたのだった。