陽子は翔のことを詳しくは知らない。
母親の薫が溺愛している位しか。

そのために翼が迫害を受けていること位しか。

そう……
陽子はまだ翔に会っていなかったのだ。
だから解るはずもなかったのだった。


でも陽子は考える。
翼は陽子にとって、可愛くて優しい愛すべき男性だった。

落ち度などあろうはずもなかったのだ。

だからこそ、何故愛されないのかが解らなかった。

だからこそ、愛しくてたまらないのかもしれない。




 秩父夜祭りの仕掛け花火の会場・あの日愛を育んだ羊山公園脇の坂氷まで、二人は夜道を歩いてきた。

二日前に降った雪が少し残る道。

ライトが幻想的に照らし出す。


陽子は背中から手を回し、翼のコートのポケットの中に入れた。

翼はびっくりしたように陽子に目をやりながら、その手をポケットの中で強く握り締めた。

翼のもう片方の手は陽子の背中からコート手繰った。
陽子はその手を強く握り締めた。


冷たい手を温め合いながら、より深い恋人同士になって行く。

その手に、二人はお互いの将来をかけてみたいと思っていた。


仲むつまじそうに歩く恋人達に、秩父神社へ続く道はよりいっそう深い絆を与えていた。




 突然花火が上がり歓声に包まれる。

そんな中、陽子はうずくまっていた。

これは、新年を祝うための秩父地方の恒例の行事だった。

知っていた。
知ってはいた。

でも余りにも無防備だったので、驚いてしまったようだった。


心臓が止まってしまうのではないかと思うほどの衝撃。

オーバーでも何でもない。

翼と一緒に居られる喜びに浸っていた陽子。

だから余計に震え上がったのだった。

今確実に陽子は、か弱い一人の女性になっていた。


翼はすぐに駆け寄った。

背中側に回り、陽子の肩から手を回す。そして優しく抱き締めた。


陽子の脆い部分に触れて、より一層愛しくなる。

抱き締めながら、優しい男になっていく自分。

翼は恋する喜びに震えていた。


ふと、クリスマスイブのシャワールームでの出来事を思い出す。

陽子の前で無様に震え上がった自分。


(陽子も……)

そう陽子もか弱い一人の女性だったのだ。