翼も目を覚ました。
二人共、知らない内に眠ってしまったのだった。


「あれっ!? 何で俺此処に居るんだ?」
翼は驚くように言うと、陽子には目もくれないで病室を後にしようとしていた。


「あれっ、じっちゃん。そうか又病院に泊まっちゃったのか」

翼はそう言いながら、急いで病室の扉を開けた。


「ごめん、じっちゃん又来るね」

翼はそっと囁いた。




 今の翼には、昨日の記憶は無い。
陽子との甘い一夜も、勝との思い出さえも消え失せていたのだった。


翼の心は病んでいた。
母をどんなに愛しても愛されない。
それでも愛されなくてたまらない。


その想いが大き過ぎて、自分を時々見失うのだ。


そして遂に、解離性同一症を誘発してしまっていたのだった。
かって解離性同一障害と言われていた、多重人格を形成する心の病だ。


翼は今、翼ではなくなっていたのだった。


そんな障害の中においても祖父との関係は友好だった。
だから翼は……
祖父を支えに生きて来られたのだった。


翼にはクリスマスの思い出もない。
何時も蚊帳の外。
薫は翔とクリスマスパーティをしていた。
でも其処には最初から翼の席さえないのだ。

だから翼は独りで耐えていたのだった。


嫌われているのは自分ではない。
そう思い込ませることで翼は辛い毎日を生き抜いて来たのだった。


思いもよらなかった祖父とのクリスマス……

今年できっと最後になることは解っていた。


でもそれすら忘れて、翼は別な人へと変わって病室を後にしたのだった。


愛を得るための努力さえも虚しく……
遂には憎悪さえも宿してしまっていたのだった。
だから翼は別人格の中で生きて、母に対する恨み辛みを闇の中へ追いやっていたのだった。


母を愛し、愛されたい。
その思いは翼の心の中で空回りしていた。

それでも母を憎むことに罪悪感を抱いていた。
だから別人格に委ねたのだ。
母を愛して生きて行けるように……


穏やかで誰にでも優しい翼。
でもその心は固く閉ざされていた。


翼は、憎しみも嫉妬も憤りさえもこの人格に押し付けていた。
そうしなければ生きてこられなかったからだ。


アンビバレンスは二面感情と表される。
愛することと憎むことの同居。
それが翼だったのだ。



翼は陽子を愛している。
でも、陽子が翼の心を占領するのは難しいことなのかも知れない。