山車の集結した会場から抜け出すことは、来る時以上の苦労だった。

とてもじゃないけど、二人の乗り合わせた御花畑駅など行けるはずがなかった。


でも、それどころではなかった。
聞こえて来た話によると、お花畑駅発上り電車は七時十三分以降無いとのことだった。


祭りの山車の談合坂上がりのために、架線を切り離したからだと言う。

従ってこの日は終夜秩父駅発となる。
その秩父駅でも、下り電車は七時三十六分以降十時四十二分までは運休した後発車するとのことだった。


お花畑駅から大分離れた場所に影森駅がある。
其処からなら二十時二十六分・二十一時十ー分・二十一時五十五分に三峰口駅行きが出る。

それ以外、陽子の住む武州中川に止まる電車は無かったのだった。




 だから二人は国道に出て西武秩父駅を目指した。

又一駅旅行。

西武秩父線・横瀬駅。

二人は何時かのデートのように、夜道を楽しみながら堀内家を目指した。



陽子を送り届けた翼は、国道を歩いて帰えることにして堀内家を後にした。


陽子は翼を見送りながら、抱き締めたくて仕方ない自分を抑えていた。


愛された記憶のない翼。

愛し方も知らない翼。

デート度に舞い上がる翼。

手が触れただけで全身に稲妻が走ったような衝撃を受ける翼。

ちょっと笑っただけで、棒立ちになる翼。

陽子はそんな翼が大好きだった。

可愛くて可愛くて仕方なかった。

全部が翼だった。
全部が全力て守ってあげたい翼だった。


純子と忍夫婦の前でも、陽子は思い出す度に笑った。

姉の純子はそんな陽子を暖かく見つめていた。


陽子は短大二年生で、卒業後は保育士になることが決まっていた。


「後は翼君の両親だけね」
純子が陽子に耳打ちをする。
陽子は恥ずかしそうに頷いた。